| promise in the heart (後) |
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思わぬ失態を披露してしまった。溢れる涙が出尽くしてしまえば、後に残るのは恥ずかしさだけ。いまだ頭を撫でるルフィの手に、未登録[1]は居心地の悪さを訴えた。もちろん言葉ではなく、なんとなくわかってもらえるようにもぞもぞ動いただけなのだが。するとルフィは、まだ泣くのか?決して嫌味めいた言い方ではなく、どちらかというと心配しているような声音で聞いてくる。 「な、泣いてないし」 「そっか」 彼らしい笑みが顔中に広がった。その笑顔に、未登録[1]もなぜか安堵を覚える。 「でもさ、おまえ」 「ん?」 「あんなに泣くぐれェ寂しいなら、一緒に来ればいいじゃねーか」 この展開は思いもしなかった。 「それは…無理だよ…」 「なんでだ?」 なんで?なんでって、 「あたしの居場所はここだから」 おじいがいてみんながいて、大好きなお菓子を作る場所。小さい頃からここがあたしの居場所だった。あたしの世界の全部がここなんだ。 「菓子ならどこでも作れる。おれたちの船にはキッチンもあるんだぞ?」 「あたしは、ほら、いろんな人に食べてもらいたいの」 ここにいれば、お店に来るいろんな人に食べてもらえる。美味しいと言ってもらえるお菓子を作って、美味しいと笑ってくれるその顔を見たい。美味しいお菓子を作って、癒してあげたいのはいろんな人の心の奥。 知ってる?甘いものは、疲れなんてふっ飛ばしちゃうんだよ。 満たされる心は、幸せを運ぶんだ。 「だからあたしはここに、」 「海は広ェんだ。おれたちが航海する海は広ェんだぞ?」 「麦わら…」 「おまえが知らねェ菓子も、いっぱいある」 「だけど」 「なぁ、」 外に出ろよというルフィの言葉は、まるでスポンジ菓子にかかるメープルのように、未登録[1]の中に染み込んだ。 「おじい」 「……なんだ」 相変わらず、ゼフの部屋は破壊されたまま。こんな場所で冬を越したら風邪を引いてしまう。どうにかして早いとこ直さなきゃ。 ドア先で部屋をぐるっと見回して、未登録[1]はゼフを視界に入れた。答えが欲しいときはいつもここを訪れる。甘さが足りない原因はなに?スポンジが思ったようにふくらまない!そのたびにゼフは自分で考えろと突き放した。だけど、簡単なヒントを少しだけ与えてくれる。 「行かせちゃうの?」 「………」 「おじい、サンジ兄ちゃん嫌いじゃないよね?」 「………」 「行っちゃったら寂しいよね?」 泣きそうな表情で、それでも笑みを作ろうとする未登録[1]に、ゼフは手招きを一度。ひどく優しい動作だ。未登録[1]は招かれ、ベッド脇に腰掛け ──‥はせずに、ゼフの腹辺りに乗り上がって座り込む。 「寂しいよね?」 「未登録」 ゼフの口からはひとつの真意。 「夢ってなァ、みるもんじゃねェんだ」 涙が、 「追うもんだ」 こぼれた。 「泣くんじゃねェ」 「……っ、」 「おれも昔、夢を追った」 「ッ、……ぅく」 「チビに夢を託すわけじゃねェが」 「ふぃ…、ッ」 「希望を待つのも、いいもんだろ」 「お、おジィ、も、一緒に行、けば‥い、みんなで……」 「おれはおれで、やるべきことと場所を見つけた」 「……うぃぃ‥っ」 「夢は追って、掴むから夢なんだ」 あんな戦いを見て、あんな昔話を聞いて、胸がざわついたのは何で? ──‥ 夢 それを聞いて胸がざわつくのは何で?サンジがいなくなってしまうから? ねぇ、きっとそうじゃない。 「未登録」 おまえは本当、わからねェやつだ、ゼフは言う。そして未登録[1]の答えを導く灯となる。いつも、その役目はこの優しい目と声を持つ男だった。 「夢は追わなきゃ掴めねェ。くどい事言って、留まるヤツァ夢なんか掴めねェ。おまえにはそれがわかるはずだ。ここまで、誰が面倒みたと思ってやがる」 「……ジィ〜‥っ」 「泣くんじゃねェって言ってるだろ」 ぼろぼろこぼれる涙はゼフのシーツを濡らしていく。ゼフの手は、もう未登録[1]には伸びない。ただ優しく見つめるだけ。それがこの先のことを容易に示した。辛くないわけじゃない。彼女に届かずシーツに落ちたままの手は、もしかしたら震えていたのかもしれない。それは、きっと、サンジにも伸ばしたかった手。 あたしを育ててくれたのは、 奇跡の海と呼ばれる、幻のオールブルーを追いかけた男。 奇跡の海と呼ばれる、幻のオールブルーを追いかける男。 夢を追う男たち。 あたしの夢は? なにを掴みたい? 自分が、今一番したいこと。 未登録[1]は涙を拭って鼻を鳴らす。そして笑った。 「おじい、」 「なんだ」 「あたしと、ひとつだけ約束しよう」 サンジ兄ちゃん、サプライズの準備はいい?心臓止まっちゃいやよ? 「………待て」 海のど真ん中で目が点。 「サプライズ?」 サンジは振り返る、大分遠くなってしまった故郷を。先ほどまで、ほんの数時間前まで自分が生涯骨を埋めるだろうと思っていたあの船を。そして視線を元に戻すと、サプライズでしょ?と笑う大事な妹がいた。 「お、おま、ッ、未登録…!」 「えへへ。来ちゃった」 笑顔にプラスされ、悪戯に舌を出す。失敗した時なんかによく誤魔化そうとしてやってる未登録[1]特有のあれだった。今まで乗っていた船に比べて大分不安定なただの木船だが、未登録[1]ももう慣れたもので危なっかしい木枠に腰掛けたりする。 「き、来ちゃったじゃねェよ!なにやってんだ!」 「えー。しょーがないじゃーん」 「バ、バカ!帰れ!おまえ、」 サンジの大変な慌てよう、帰れ、バカ、それを連呼。なんなのそれっ、未登録[1]は言って口を尖らせる。がたっと立ち上がると、第三者としてやりとりを見ていたヨサクが、危ねェから座ってくださいと手伸ばした。しかしサンジはお構いなしに未登録[1]に詰め寄る。 「今頃あいつらおまえ探してんぞ」 「いいって言ったんだもん」 「い、いいだと?」 「おじいが」 「ジジィが?んなこと、」 「そーよ。あたしも夢を追うの。」 あァ、クソジジィ。てめェ何のつもりなんだ。 あたしも夢を追うとかぬかしてやがんぞ、未登録が。 「ちゃーんとおじいと約束もしたし」 「………約束?」 「それと、ねぇ、あんたもいいって言ったよね?」 ね?とルフィを見る。その視線を受けたルフィは言う。おう、そーだな。ししっと、楽しそうな笑みを浮かべながら。 「おまえ、おれの妹にまで変な勧誘…」 「仲間は多い方が楽しいでしょ?」 「楽しいって、……海賊なんだぞ?」 「バラティエと似たようなもんじゃん」 「未登録…」 ここにきて、兄として激しく脱力。そんなサンジをよそに、未登録[1]は背負ってきたリュックからもそもそと袋を出して膝の上に広げた。香ばしさがあたり一面に広がる。焼きたてのバタークリームクッキーをひとつ、未登録[1]は摘んで口の中に入れた。さくさくとしたいい音と、鼻に抜けるバターとバニラの香り。満足した顔でもう一つ手にし、サンジに渡す。サンジはそれを受け取ってため息交じりながらも口内に放った。サンジが未登録[1]に、一番最初に教えたクッキーだ。しかめっ面のサンジの頬が少しだけ緩んだのを確認し、未登録[1]は嬉しそうに笑った。 さて、とクッキーを手にし、向き直るはヨサク。 「ヨサクの兄ちゃん、よろしくねー!」 「よろしくっす!コックの兄貴の妹の姉貴!」 クッキーを手渡して、ぎゅっとヨサクに握手され、思いがけない洗礼に声を出して笑えば、サンジがその手を払い落とす。ぎゃんぎゃんとヨサクになにかを言っているのはこのさい無視して、未登録[1]はルフィに視線を向けた。 「よろしくねー、麦わらー‥?雑用?……船長さん?」 「ルフィだ」 「おぉ。ルフィか。あたし未登録[1]。よろしく、ルフィ」 「おう、よろしくな、未登録」 未登録[1]がルフィに、初めて笑顔を向けたのはこの時。彼女は甘く香ばしいクッキーと一緒にやってきた。 ねぇみんな、あたしね、幸せを運ぶパティシエになりたいんだ。 「そりゃあ大事なサンジが奪われそうにもなりゃ嫌うわな」 「未登録[2]おまえ、そーいう語弊をどうにかしろ」 「でも今はルフィ嫌いじゃないもん」 「ししっ。未登録おれのこと好きだもんな」 「うん」 静まれ、落ち着けサンジ!そーじゃねェと思うぞ、そーゆー意味じゃねェと思うぞ。仲間としてだろ、こいつらの場合、な?2人の言葉の意味を理解しきれない男、サンジ。抑え入るのはいつでもウソップ。羽交い絞めとまではいかないが、がばっと抑え込んで事態を収めようとする。それに対して愚かな男が動き出すこともしばしばあるが、男はすでに甲板で昼寝ときてる。いつもと変わらぬ、ゴーイングメリー号。 みんなみんな、夢に向かって進んでる。夢を追いかけて進んでる。 おじい、あたしの周りには凄い人がいっぱいいるんだよ。 そしてみんな、誰にも負けない夢を追いかけてる。掴もうとしてる。夢のままで終わらせないように、前に進んで。 だからあたしも頑張るんだ。 夢を掴んで、おジィとの約束も果たすからね。 「おじい、」 「なんだ」 「あたしと、ひとつだけ約束しよう」 未登録[1]は小指を差し出す。眉を顰めるゼフの手をとり、小指を出させ、自分の小指としっかり結んだ。 「約束、約束」 「………」 いろんな人に甘いお菓子を。 お菓子で満たされた心は、人を笑顔にさせる。 甘いお菓子は疲れを癒す特効薬。 「最後の最後にはここに戻ってくるから」 「………」 「サンジ兄ちゃんがオールブルー見つけても、あたしはここに戻ってくる」 絡められた指は固い。いつからこの指はこんなに丈夫になった、ゼフは真っ直ぐに未登録[1]を見る。 「おじいのとこに戻ってくる」 だから、 「だから、」 だから約束。 「あたしが作ったお菓子、全部食べてね」 「未登録、」 「全部よ。全部。おじいにはあたしのお菓子必要なんだから」 ねェ、おじい。あたしが一番癒してあげたいのはおじいなんだよ。疲れを取ってあげたいのはおじいなんだよ。どのくらいかかるかわかんないけど、旅がいつ終わるのかなんてわからないけど、だけど、最後に戻るのはバラティエだから。おじいにいっぱい、お菓子作るから。 ね、約束。
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