promise in the light (後)

 

 

「ま、兄妹でゆっくり話すんだな」
 甲板のど真ん中、ルフィがノベーっと座り込む。ちょっと離れた場所にシュライヤとアデルは向い合い、サンジに出されたケーキとアイスティが目の前にある。
「ちょっ、」
「ん?」
「いいい、イチゴ!なんでイチゴ?」
「あぁ、あったから」
「ぎゃー!シャーベットにしようとしたのー!」
「なに?」
「あなぐまちゃんに作ろうと思ったのにー!サンジ兄ちゃんのバカ!」
「お、おまえ、だったらそう言、」
「サンジ兄ちゃんがデザート作るなんて思わなかったもん!」
 ぎゃあぎゃあと喚き散らして去っていく。アデルとシュライヤはそんな二人の背中を見つめ、揃って首を傾げた。
「サンジと未登録もおまえらとおんなじ兄妹だぞ」
 兄と呼ぶそれに、もしかしたらそうなのかもしれないと思っていた疑問は、ルフィのくれた答えで合致する。
「兄妹?」
「おう。本当の兄妹じゃねェっつってたけどな」
「……本当の?」
「ま、関係ねーんだろーな。あいつらにはそんなこと」
 シュライヤはアデル見る。アデルも彼を見ていたらしく、目が合うとパッと逸らしてケーキを見た。さっきまでは真っ直ぐ自分を見ていたのに、あぁ、難しいなぁと改めて、シュライヤは苦笑う。
「んで?おまえら仲良し兄妹にはなったのか?」
「ぶっ、」
 毎度ながら、この男はストレートさが度を越している。
「………おまえな」
「お兄ちゃん、イチゴ吐くなよ。もったいない」
「………おまえら」
 落ちたいちごをひと吹き、そのまま口に放り込んでからため息をついてそうだなと。
「一応、こいつとじーさんと、どーにか頑張ってみるつもりだ」
「陸に上がっちまうのか?」
「あ?」
「もう海には出ねェのか?」
「なんでだよ」
「いや?」
「あのな、おまえさっき仲良し兄妹とか言ってたよな?」
「おう?」
「洗い流せとか兄ちゃんだろとか」
「言ったな」
「だからおれはこいつとじーさんと、」
「いやー?それとは違ェぞ。おれが言うことじゃねェから別にいーんだけどな」
 なにを言おうとしてるのか、おれにわかるはずもない。今の状況にいっぱいいっぱいなおれにわかるはずもない。そしてそんなおれに、こいつはなにかを教えようとするわけでもなく、決して言おうとするわけでもなく、あぁ、なんだよ、結局おれ自身が考えるべきことなのか。
「確かにそうかもな、お兄ちゃん」


「何怒ってるのよ、未登録は」
「そこにいるお兄さんのせい」
「おい、そこにいるお兄さん。未登録ちゃんに謝んなさいよ」
「うるせェぞ、未登録[2]
「だっておまえのせいなんだろ?レディには高慢な態度取るなって」
「あァ?これのどこがレディだ」
「なんだそれ!失礼だっ」
「もとはと言やァおまえがちゃんと、」
「うるさいし!喋りかけるなっ」
 二人が喧嘩なんて珍しいこともあるものね、ロビンは暢気に紅茶を飲む。
「それにしても、」
 こっちは年中一緒だけど血の繋がらない兄妹、あっちは離れ離れだったけど血の繋がった兄妹、これもなにかの縁かしら、ナミも結構暢気に紅茶を口に運んだ。


 おれがなんだって?おれがどうしたって?
 似てるな、おまえら、……なんて、言いたいわけじゃねェんだ、だけど似てる。なにが似てるのかそれがはっきりわかるわけでもない。おれよりルフィ、おまえが実はアデルの兄貴なんじゃないのかとさえ思えるくらい似てる。あのな、ふたりしてそんな目で見るんじゃねェよ。
「ルフィ、おれわかった」
「おう」
「なにがだよ」
「お兄ちゃんには関係ないよ」
「あァ?」
「でもルフィ、おれはじっちゃんといるから」
「そっか」
「じっちゃんにはおれが必要だし。おれもまだまだじっちゃんといなきゃ」
「しししっ。わかった」
「お、おい、おまえら」
「だからお兄ちゃんのこと頼むな」
 なんだと?
「ちょっと待て」
「お兄ちゃん」
「あ?」
「おれ、お兄ちゃんに会えてよかった」
「なに言ってんだ、おまえ」
「でもな、お兄ちゃん」
 お兄ちゃんの手は汚れてないけど、もし汚れてたとしてもそれは洗い流せるものだけど、今のお兄ちゃん見て、ひとつ思うことがある。アデルは首を傾げて、それでも真っ直ぐシュライヤを見た。
「お兄ちゃん、結構中途半端だよ」
 あとはお兄ちゃん、ホラ、自分で考えなきゃ。


 ひとりポツンと甲板に残されたシュライヤ。
 なんだ、さっきのは。なんだったんだ。おれは決心したんだぞ、おまえとじいさんと生きるって。おまえなら、おれの過去を洗い流してくれるって。血生臭いおれの過去を、おまえは笑い飛ばしてくれるかもしれないって。
── お兄ちゃんのこと頼むな
 なにいっちょ前に妹面してんだ。頼むなってなんだよ。だから…っ、意味わかんねェだろ、おれには。
 シュライヤは空っぽの頭にただ疑問符を浮かべたまま、アデルとルフィが消えていったラウンジの扉を見つめる。中にはこの船の面子と、じいさんもいるんだろう。喧騒がこっちまで聞こえてくる。
 中途半端?
「中途半端って‥」
 中途半端ってのは、途中で投げ出すことだろ。おれはなにを投げ出した?今までおれが貫いたのは、仇討ちってやつだけで。あの麦わらがガスパーデを倒しちまったから、投げ出したわけじゃないだろ。麦わらに横取りされたあの獲物、あれがおれの生きがいで、で、なにが中途半端だって?
 目標が消えちまって、今度は、……アデル、おまえたちと…

 おまえたちと、
 中途半端なおれのままで、
 ……おまえたちと?

 おまえたちと一緒に暮らして、おれはどうするんだ?今まで、おれには目標ってもんがあって、今からのおれにはなにか目標があんのか?アデルやじいさんを守るのか?ちょっと待ってくれ、そうじゃねェ、



 バンッと耳を劈くほど大きな音を立てて、ラウンジの扉を開く。
「アデル!」
 中央の椅子にアデルはちょこんと腰を落ち着け、今着ている服をくれたあのオレンジ髪の女の子がアデルの髪の毛を結んでいた。
「アデルっ」
「なんだよお兄ちゃん」
「おまえさっき、あんなこと言って」
「へ?」
「おれが中途半端だと?」
「お、お兄ちゃん?」
「……でも、だからって、おれが、」
 おまえたちと離れて、何をする?おまえたちと一緒にいて、なにをする?
「おれは」
「お兄ちゃん」
「おまえが、いて、……生きて…」
 上ずる声は抑えられない。呼吸と吐息が絡まり、上下する胸を整えるように息を呑む。
「生きて、いけそうなんだ…」
 おまえが生きていることが、もしかしたらおれの生きる意義で。それがおれの支えになるのかもしれない。だけどそれは、おまえにとっては、
「でもさー、そーゆのって結構重いよ?」
 なにも考えず、未登録[1]が口を挟んだ。
「アデルちゃんが死んだらあんたが死んじゃうみたいじゃん」
未登録、あんたなに言ってんのよ」
「そーだぞおまえ、こいつらの問題だろ」
「だって、」
「………いや、」
 その子の言う通りだと、シュライヤは壁に背を預ける。わかってる、おれの想いはアデルにとっちゃあきっと重い。だけど、なぁ、……それがおれの答え。そして、もう一つ、導かれた答え、
「おれの手は、」
「え?」
「あ?」
「汚れてる。目的のために返り血浴びる生き方してきた。だからもう、おれには生きる意味も意義もないってよ…」
 だけどアデル、なにかを決心したその表情は堅く、それでも先ほどまでの彼とは少し面持ちが変わったような気がする。
「おれがそれを見つけられるまで、」
 一歩前へ出たシュライヤのブーツが鳴った。その音に並行するように、アデルは結い上げたままの髪をハラリ落として、同じようにシュライヤへ歩み寄る。
「おまえは、おれを」
「うん、お兄ちゃん」
「待っててくれるのか?」
「当たり前だろ、……お兄ちゃん」




 思えば、今生の別れでもあるまい。あぁ、そうだ、彼が共に旅をするのだから、彼女と約束をした彼を送り届けるときにまた会えるはずだ。だから、泣くんじゃない。
 船長と同じ目をした、小さな小さな真っ直ぐな君。

「あたしたちは海賊なのよ?こーいう時は逃げるしかないでしょ」
 ゴーイングメリー号の船尾。別れの挨拶なんてしおらしいことの最中。
「でも!でもー…!」
「あんたはこれから、陽の当たる所で生きるの」
「ししっ」
「お尋ね者となんか関わっちゃだめ」
「でもー…!」
 繋がれた小船の上、ナミとの会話で瞳に涙をためるアデル。そして後ろには、感化されたのかほんの少し寂しそうなビエラの姿。
「もう生きる意味ないなんて言わないでよ?」
 サンジに言わせれば1億ベリーの笑顔、ナミはそんな表情を浮かべてアデルを見る。
「じゃーねっ」
「元気でなぁっ」
「素敵なレディになるんだぜ?」
「そのためにはまず言葉遣いね」
「達者でな」
「体に、気をつけろよっ」
「今度会ったらシャーベット作るからね」
「そんじゃな、アデルちゃん」
 次々とクルーが船の中へ。そして、麦わら帽子の下、黒髪が靡く。
 誰もが予想せず、だけどどこかでそんな予感はあったのかもしれない。隣にたたずむ、処刑人と異名を持つ男。この船には彼と同じ経緯を辿ったものがふたりほどいる。一人は三刀流の魔獣と恐れられた賞金稼ぎ。もう一人は秘密結社バロックワークスに籍を置いた賞金稼ぎ。彼で、三人目。ミイラ取りがミイラにってやつ。
「………泣きそうだぞ、お兄ちゃん」
「おまえは泣いてんじゃねェか。アデル」
「う、うるさいっ」
 なにか吹っ切ったような彼の笑顔も、そう捨てたもんじゃない。
「じいさん」
「あぁ?」
「上手くは言えねェけど」
「………」
「とりあえず一歩ってやつをよ、おれも踏み出そうと思う」
「そうかい」
「またしばらく、アデルのこと頼むよ」
「あァ、わかっとる」
 麦わらの船長はただ見てるだけ。でもそれが頼りになると思えるのは、彼だから。
「お兄ちゃんのこと頼むな、ルフィ」
「おうっ。おまえもじいさんと元気でやれよ」
「わかってる」
 後方、海軍の大隻が目に入り、シュライヤは苦笑う。仲間になって早々これか。これじゃ、先が思いやられる。
「アデル」
「元気でなっ、お兄ちゃん!」
「あァ」
「お兄ちゃん、戻る場所あるんだからな」
「……っ、」
「おれがいるよ」
「アデル」
「ん?」
「おれが心配するって思うようなこと、すんじゃねェぞ」
「わかってるよ」
「じいさんの言うことちゃんと聞けよ」
「わかってる」
「飯いっぱい食って、それから、」
「お兄ちゃん、変な兄貴面すんなよ」
「………兄貴だからな……」
 それは至極優しい顔で。
「お兄ちゃん…」
「おまえはやっぱりおれの生きる支えだ」
「え?」
「重いと思われてもいい」
「生きる、支え、」
「だからおまえは危ないことしないで、ちゃんと暮らせ」
「……うん」
「そしたらおれも、ずっと生きてる」
「だったらお兄ちゃんも死ぬなよ?」
「アデル…」
「お兄ちゃんも、おれの生きる支えなんだからなっ」
「………ッ、……あァ」
 気が済んだとでも言うように、ルフィに視線を。ルフィは頷いて、繋がれた縄を一太刀。
 麦わらの船長の声が、海に響く。
「じゃーなー!!元気でいろよー!!!」
「っ、あんたも元気でなー!みんなもなー!ありがとー!」
 それと、おれの大事なお兄ちゃんも。



「あーもう。あたしこんな貧乏海賊ヤダ」
 ガクンと手すりに項垂れるナミの横に死んだ顔のゾロ。そんな初めての光景に些か苦笑うシュライヤの肩を叩く手。
「あ?」
「慣れるぜ?そのうち」
「は?」
「あ、ねぇ、シュライヤ兄ちゃん。甘いもの好き?」
 未登録[1]未登録[2]が両端から笑顔で登場。
「は?な、」
未登録ちゃーん。シュライヤ兄ちゃんってなに?お兄ちゃんって?え?なに?」
「あんたは未登録[2]
「…………クソガキ……」
「だってシュライヤ兄ちゃんはどう見ても兄ちゃんだもん」
 ねー、と笑う未登録[1]の後ろ、サンジがくるっとこっちを向いた。
「そーいやあんた、随分あれだな、……いくつだ?」
未登録[2]と同じくらいか?」
「年か?あー‥そうだな、多分こいつと同じくらいだろうな」
 改めて言うのもおかしい気もするけど、と。
「16」
 ………は?
「なに?」
「何歳だと?」
「16歳。……悪ィな。老けて見えるってよく言われる」
 どっからどう見ても16歳に見えない男。ちなみに、隣の男はというと、
「おれァ数え25だけどね」
 ニッコリ笑った未登録[2]。ここに、年齢不詳コンビ発足となりました。


 あァ、折角足を洗うチャンスだったのに。いや、賞金稼ぎは確かに足を洗ったことになる。まさか逆の立場になろうとうは思ってなかったが。この海から抜けることのできないおれ。だけど、なぁ、8年前とはたったひとつだけ違うことがある。
 帰る場所。おれにはアデルがいるということ。大切な妹が、おれの帰る場所であるということ。おまえの存在、それがおれの生きる意義。
 そしてもう一つ、おまえの元へ帰ったときのために、誰にも恥じないような生きる意義を、おれはこれから探そうと思う。

 

 


デッドエンドの最後辺り。シュライヤが仲間になったお話。
04/01/21  ×