| promise in the light (前) |
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誰にわかる?おれには資格がないんだって、そう思った。 「あっちはもう、一歩を踏み出そうとしとるぞ」 妹、……アデル、失ったと思っていたおれの8年。 「焦らんでもいいからおまえさんも前へ出な。全てはそっからだ」 「あんたか、処刑人ってのは」 細く暗い裏路地で密会するなんてなァあまり聞こえのいい話じゃない。わずかばかりの明かりをたよりに、シュライヤはそいつの容貌を目に納める。一定の記憶の中の顔と合致し、それがまた肩を落としもする。 「賞金稼ぎなんだってな」 「だったら?」 「でけェ獲物ばっか追ってるらしいな」 賞金首が賞金稼ぎに何の用だよ。悪ィが、記憶力はいい方だ。そういや最近、ロクなモン食ってなかった。おまえが悪いんだぜ?のこのこおれの前になんか出てくるから。頭の中で埒もない言い訳を並べながら短い呼吸を一度だけ。黒いパンツスタイルの足が宙を舞い、ブーツの音を響かせると徐に振り下ろされた。バネのようなその足は相手方の男の肩に直下する。 「うぐぁッ」 「腹の足しになるくらいの金額か?あんた」 「……ッ、がぁ‥」 肩を押さえて地面に膝をついたその男は己の愚かさを呪った。こんなに危険な男と渡りあおうとは、浅はかすぎた。 「まァ、少しは食えるだろ」 「ま、まってくれ‥、おれはあんたに‥、」 開かれる手のひらに、シュライヤの表情がゆがむ。 「話を、持ってきた‥」 「話?」 「あんた、ガスパーデを、」 一変表情を険しくさせ、男の髪を掴み上げた。 「ガスパーデ?」 「風の、噂だ」 「言え」 「ただで教えようと来たわけじゃねェ、」 浅はかな考えというのは、大物ばかりを狙う、処刑人と噂される男を見かけたことから始まった。処刑人の次の獲物は将軍ガスパーデ。自分の持つ情報と交換に金を要求しよういうひどく単純な考えが生まれるのに、そう時間はかからなかった。自分も賞金首ではあるが、ガスパーデと比べると大した額にもならない。しかし金を要求だとか、そうもいかなくなったのは、今の状況。 「教えて欲しいんじゃねェ。言えって言ってんだ、おれは」 その表情から伺い知れるのは、ただ額のいい賞金首を狙っているだけじゃないという隠れた真実。 「腹ァ減って、虫の居所も悪い」 「わ、わかった、言う!だから、命だけは、」 これでも賞金首、犯罪者の端くれ、本気の目ってのは今まで何度も見てきた。処刑人がガスパーデを追う理由もまた "本気"。 「そ、それと政府にも、」 「わかった、引渡しはしねェ。……で?」 「ハンナバルって知ってるか?」 「ハンナバル?」 「そこで、海賊が集まったレースが行われる。……ガスパーデがエントリーするって噂だ」 海賊、レース、シュライヤは口内でその単語を繰り返し呟き、男にも聞こえる大きさで、ハンナバル、言って静かに笑った。こんな情報はデマでもラッキーだと思う。そのレースにガスパーデがエントリーしなかったとしても海賊が集まる場所ってのは何かしら得るものがある。小さな情報でも、例えそれがデマだったとしても、ガスパーデと奴の影が見える情報なら構わない。探してきた。 「ありがとな」 この賞金首に感謝を。 「あ、いや、どういたしま‥ッ」 そう、おまえに敬意を。痛めつけて政府に差し出すなんて真似はしないでいてやるよ。 「次に目ェ覚めたら、独房だ」 騙した?……知るか。簡単に人を信用するんじゃねェ。おれは賞金稼ぎ、おまえは賞金首。信じる方がまぬけだろ? 技を磨き、 人を騙して、 復讐だけを考えて生きていた。 「………お兄、……ちゃん?」 言葉が耳を劈く。弱い声だがそれは心臓を貫いた。シュライヤは頭を上げ、アデルに目を向ける。 お兄ちゃん?おれをそんな風に呼ばないでくれ。 呼応している。頭の中で、その一つの単語が呼応する。8年前の記憶の片隅、自分をそう呼んでいた少女の声と重なり、呼応した。 おれは、おれの手は、汚れてる。資格がねェんだって、言ったろ?こんな血で汚した手でおまえを抱けるか、アデル。純粋な目をしたおまえを、未来を見ようとするおまえを、この手の中に包むことなんてできねェ。何人の人生を奪った?仇と見ていた男と、大して変わらねェことをやってきた。今この手におまえを抱いたら、アデル‥おまえまで汚れちまう。 シュライヤは己の手をジッと見つめる。血で染められたその手を、ジッと見つめていた。 「まーた難しいこと考えてンのか?」 拍子抜けする口調。今までビエラが立っていたその場所に腰を下ろしていたのはルフィ。麦わら帽子を大事そうに持った少年はシュライヤを見上げ、アデルにも目を向けた。 「なんでこんな難しい顔してんだ?おまえの兄ちゃん」 アデルに問いかけ、だがアデルもアデルで気まずそうに、わかんないと苦笑う。騒がしいルフィがいようといまいとこの二人には小さな沈黙がつきまとう。重い空気というやつ。しかし、ルフィはやはりそれが気に入らない。どうしてって、先ほどナミが言っていたのだ。――‥ いきなり兄妹ですって言わても ―― そう、こいつらは血のつながった兄妹。 「おい」 「……あ?」 「おまえ兄ちゃんだろ?」 「ッ、」 「おまえから話しかけてやれよ」 ルフィの中では至極当たり前。昔、よくエースが言われてた、エースはルフィの兄ちゃんなんだから‥そんな小言言っていたのはマキノだったと記憶する。その度エースは不服そうな顔をしつつも、自分が兄貴だというプライドと、きっと、弟のために、何かしらしてくれたものだ。だとしたら、シュライヤも勿論そうに違いない。あぁ、ルフィの思考回路は単純。 「なあ、シュライヤ」 「おれは兄ちゃんじゃねェ」 「………」 「アデルの兄貴になんてなれっこねェ」 バカじゃねェのかおまえ、元来思ったことはすぐ口に出すルフィがその言葉を飲み込んだ。いや、別の声にかき消されたからというべきか。 「何でだよ!何でおれのお兄ちゃんじゃないんだよ!」 声の主はアデル。 「おれが嫌いだから?8年も離れてたからか?」 「……違、そうじゃない、」 「おれは、あんたが兄ちゃんだって知って嬉しかったよ」 「アデル」 「今の兄ちゃんのことはこれっぽっちも知らないけど、嬉しかったんだ。兄ちゃんが生きてるってだけでおれは‥」 嬉しかったのに、小さくこぼして、うつむきたいのを堪えて顎を上げる。涙の溜まった大きな瞳で、アデルは真っ直ぐシュライヤを見ていた。逸れることのなかった大きな瞳は、自分を奥底まで見てくれようとしていた。 おれは何やってんだ。 「………アデル、」 おまえの顔を見ることすらおれは躊躇う。 「おれは、おまえの兄貴だって、……言う、資格がねェんだ」 声が詰まる。 「おれの8年をおまえは知らない」 父さんも母さんもおまえも、全部を失ったと思って生きてきた8年だ。 「おれの生きてきた8年をおまえは知らない」 「兄ちゃんだって、おれの生きてきた8年を知らないだろっ」 「おまえのとおれのじゃ違うんだよ!おまえを抱くことのできない、汚れた手だ」 「汚れてないよ、兄ちゃんの手」 「おまえにはわかんねェことさ、アデル」 震える手をただ見つめ、こぼれる笑みは自分への嘲り。おまえとは違う生き方をした、褒められた様なもんじゃない。 「血に染まってんだ、この手は」 わかってる、どうみても臆病な男に過ぎない自分。前が見れない、向き合うことを躊躇う。邪魔をする、染み付いた血の匂いが、過去が憎い。 「いーのー?ルフィ」 「おうっ」 ふいに耳に入った声にシュライヤは頭を上げ、今まで麦わら船長のいた場所に目を向ける、が、そこに船長の姿はなく、次の瞬間、バシャッと音を立てて全身水に包まれた。 「っ、」 「お、お兄ちゃんっ」 「うわっ、モロかぶり」 ホースを持った少女が苦笑いでシュライヤを見た。違う、あのね、ルフィがしろって言った!そう言ってわたわたとホースを隠すその少女は未登録[1]。隣にいたルフィにホースを渡し、何か雰囲気が恐いのでキッチンに戻ります、敬礼ポーズ、こういう時だけ船長を敬う。 「ッ、何のつもりだ、てめェ」 「汚れたんなら洗い流せ」 「……なに?」 「おれは汚くなったらすぐ風呂入れって言われンぞ?」 「なに言ってやが、」 「それともおまえ、8年間風呂入ってねェのか?」 確かにそれじゃ汚ェなと言う麦わらの船長に、そーいう意味じゃねェんだよとガックリ肩を落とすシュライヤ。それと対象に、アデルは噴出して笑った。そして言う、そうだよお兄ちゃん、洗い流せない過去なんかない。ねぇ、おれをちゃんと見てくれよ、お兄ちゃん。かけられた水で濡れたその腕に何の躊躇いもなく入ってきたアデル。アデルの兄はおまえなんだと、そう聞こえた気がした。 「ア、アデル」 「おれはね、お兄ちゃん」 「濡れ、」 「おれは8年間死ななかったんだ。お兄ちゃんもおれに会う8年、死なずに生きてた。おれもお兄ちゃんも、一歩間違えば死ぬような生活だっただろ?」 「……そうだな」 「でも、ちゃんと生きていられた」 だから無駄じゃないんだ、それじゃあダメ?困ったような、それでいて真っ直ぐな眼差しで微笑みを湛える。 強い、強い、おれの‥ 「アデル‥」 妹。
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