グッバイナイトメア

 

 

「っ、よせ…」
「……舌出せ、」
 誰か、一発喝を入れてやっちゃあくれませんかね。
 真夜中の男部屋。この部屋の寝具は全部で7つ。ハンモックが5つにソファが2つ。女部屋に面した壁と背もたれがぴたっとくっついたソファにはチョッパーがコテッと就寝。それぞれのハンモックにはルフィ、ウソップ、未登録[2]、シュライヤの姿。ここでの問題は、ひとつ空いたハンモックにある。ひとつ空いてるということは本来その場所にいるべき人間がいないということで、ええと、今日の見張りはロビンだからそいつが見張り台にいるわけでもなくて、――そう、向かいのソファに人影がふたつ。
「おい、声出せ」
「バカ言うな」
「平気だろ」
「平気じゃ、ね、ン…ぁ」
 黄色く揺れる頭は僅かながらも抵抗を見せ、だけど緑はお構いなしに攻めたてる。普段は仲の悪い彼らも、夜ともなれば仲良しらしい。
「ゾ、」
「誰にも聞こえねェよ」
 いいえめっちゃバッチリ聞こえてますよ、言いたくても言うわけにいかないこの状況で、未登録[2]の視線の先には同じような思いを抱くシュライヤがいた。苦笑いというか、なんかもう苦い顔だ。毎晩、というわけではないが、男部屋でこんなことやられるこっちの身にもなれよなんて、シュライヤの表情は言っている。たぶんウソップも起きていて、思いっきり気づいてるんだろうけど、それをないことにしようと一生懸命耳をふさいでいる姿が見て取れる。不憫だな、自分のことはさておき、シュライヤはウソップを見て思った。彼らの夜の情事に気づいていないのは、ルフィとチョッパーだけだろう。
「ちょ、待て、今日はここまで」
「無理だ」
「ざけんなっ、毎晩毎晩、身ィ持たね、」
 こんなに拒否をしていても、きっと流されてしまうのだろうと。こんなに拒否をされてても、きっと強引にもってけるだろうと。サンジは諦め、ゾロは邪な笑みを浮かべた、その時だった。
「あ?」
 ガタンと木製の音が響き、同じくして甲板へのハッチが開かれる。
「なんだ、」
「敵襲か?」
 なにがあっても寝たふりのウソップを除き、今し方起きていた4人は体を起こした。もちろんルフィとチョッパーは寝入ったまま。
「う、っ、わぁっ!」
 大げさな声を上げ、天井から落ちてきたのは真っ白なパジャマを着た少女。バタンと床に叩きつけられたそれは、一瞬だけ動きを止めたが
すぐに起き上がる。
未登録?」
「……未登録だァ?」
 女部屋で寝ているはずの未登録[1]が空から降ってきた。何してんだ未登録、サンジは躊躇いなくゾロをすり抜けソファから下りる。サンジがいるのを確認したのか、未登録[1]もサンジへ向き直るとゆっくりと手を伸ばした。
「サン、兄ちゃ、」
「おまえ、また夢みたのか?」
 サンジの言葉に、未登録[1]の瞳に溜まっていた涙がほろほろとこぼれ落ちる。一度頷くと、ぼんやり口を開け声を立てて泣き出した。
「んっ、ふぃ、っ、サンジ兄、ゼフじ、」
「あー‥、泣くな。な?」
「っ、ん、行かな‥、で、」
「行かねェよ。ここにいるから」
 サンジは少しだけしゃがんでその体を包み込む。背中をさすり、目の前の頭もぽんぽんと撫でてやった。

 こんな風に、未登録[1]が夢をみて泣くようになったのはいつの頃からだろう。
 サンジが思いを巡らせるのは、まだ東の海のあのレストランにいたあのとき。それはサンジが幼少の時分で、ゼフと出会い、バラティエを開店してから一年と少しが過ぎた頃だった気がする。レストランを襲った海賊の中に未登録[1]がいた。海賊の中にいたと言っても、当時4歳の未登録[1]は理由もなくただ船の奥にいただけだった。発育が遅かったせいか碌に言葉も喋ることができず、襲ってきた海賊たちの話によれば、海軍と一戦交えた時に紛れていたのだという。少しの情があったのだろうかそれとも子どもだからか、殺すわけにもいかずそのまま船に乗せていたらしい。その海賊たちには足りるだけの食糧をくれてやり、金品を奪って一文無しにしてから再度海へ返した。
 そして未登録[1]はというと、ゼフがバラティエで引き取ると言い出したのだ。それから、未登録[1]はバラティエで育ち気づいたらパティシエとしての道を進んでいた。
 未登録[1]は夢をみる。同じ夢を、何度も何度もみるという。顔も知らない親と手を繋いでいて、だけど気がつけば自分は海に流されている。お父さん、お母さんと、最初はそう呼び続けるのだが、夢の覚める直前に呼ぶのは、必ずゼフやサンジの名前だった。やっとバラティエに慣れ、サンジや他の従業員たちとも話せるようになった頃、未登録[1]が夜中、まだ片付けと掃除が終わってない厨房へ泣きながらやって来た。そのときに、その夢を話した。
 サンジに兄としての使命感が生まれたのはそれがきっかけだったらしい。幼い手が自分に縋って泣いている。ひどく胸が痛くなり、こいつはおれが守ってやらなきゃなんねェと、小さいながらも兄としての自覚ができたのかもしれない。

「ゾロ」
「あ?」
「ハンモック戻れ」
 釈然としない表情ではあったが、ゾロは素直にそれに応じた。ごりごりと頭を掻き、シュライヤと未登録[2]の間に空いたハンモックへ寝転がる。目の前でこんな光景が繰り広げられたら、いくらゾロでも嫌だとは言えない。
「おれと寝ような」
「んっ、……サンジ、兄ちゃ」
 あの夢をみた時は必ず未登録[1]はゼフかサンジのもとへ来た。サンジもまだ子どもだったせいか、3人で一緒に寝たこともあったほど。
 ソファの端で丸まった毛布を手に取り、サンジは未登録[1]を包む。よいしょと抱き込むと、ソファに横になった。
「朝、起こすまで寝てていいからな」
 未登録[1]は嗚咽を漏らしながら、サンジの胸に頭を押しつける。サンジはいつもとは少しだけ違う兄の顔で、未登録[1]が眠るまで背中を撫でてやった。

 そんな一部始終を見ていた男性陣はハンモックの上で小さく身じろぐ。初めてこの光景を見たときは夢でもみてるのかと目を疑ったくらいだ。ラウンジでお菓子を作ってる未登録[1]はすごく楽しそうで、甲板でルフィやチョッパーと一緒になって追いかけっこしてる未登録[1]も笑ってばかりで、サンジに怒られているときでさえ悪いとは思っていない悪戯顔を覗かせて。こんな風に涙を見せる彼女を、見たことがなかったから。だから余計に、人には誰にでも、過去ってもんがあるんだと実感した。



「また恐い夢みたのか?」
 さて、時間は一日ほど経過、次の日の夜。
 男部屋と女部屋を結ぶ緊急用の出入り口。ルフィと他愛もない話をしていたら、チョッパーに声をかけたれた。それに対して未登録[1]は苦笑いし、ちょっとねーと小首をかしげる。
「おれは全然気づかなかったけどなー。朝起きたらおまえがソファにいたな」
 そう言って笑うのがなんともルフィらしく、軽くなる話に未登録[1]も笑った。そこに加わったのがちょうど男部屋へ入ってきた未登録[2]。梯子段を下りて着地。その足を3人の方へと向けながら、おれあんまり夢みねェのよ、面白くなさそうな声音だ。
「おまえらみんな夢みちゃうの?そんなに?おれすげーたまにだよ」
「おう。肉の夢はいっぱいみるぞ」
「肉限定かよ。未登録も?」
「うん。恐い夢もみるんだけどね、普通の夢もみる方かなー」
 日々快眠の未登録[2]くん。夢をみる機会なんてそうそうない。最近夢をみたのはいつだろうかなどと考えてみるが、あまり笑える記憶ではないので脳細胞の彼方へ放り投げた。それとタッチで出てきた思い出に、あ、と未登録[1]を見る。
「悪い夢をみないおまじない知ってるか?」
「へ?」
「寝る前にまぶたにキスすんだよ」
「えー、本当に?」
「お、それおれの村でもあったぞ?」
 マキノが教えてくれたんだと目を輝かせてルフィは身を乗り出した。
「おれもエースも、マキノによくやってもらったんだ、それ」
「好きな相手にしてもらうといいっつーけどな。母親とか、恋人とか」
 愛情ってなァ素晴らしいねーとかなんとか未登録[2]は言うが、おまえが言うと下世話にしか聞こえない。この場にサンジがいたら真っ先にそう言うんじゃないかと、ハンモックでゆらゆら揺れながらウソップは思う。そしてそれを聞いた未登録[1]はというと、なにやらうずうずしている様子。ルフィ越しに男部屋を見回して、サンジ兄ちゃんいない?と眉を顰めた。男部屋にいたのはハンモックの上で欠伸をこぼすウソップ。それと、今し方部屋に入ってきたシュライヤ。
「あれー?」
「サンジならキッチンにいたぜ?」
「ありがと、シュライヤ!」
 シュライヤからそれ聞くと、未登録[1]は階段を上がり、部屋の外へ出て行った。
「なんだ?未登録のやつ」
「サンジにおまじないしてもらいに行ったんじゃねーか?」
「おまえら見てて、してもらいたくなったんだろーよ」
 ウソップが笑って言えば、話の内容が見えないシュライヤはおまじない?と首をかしげる。そんなシュライヤににやりと企み笑顔で目を合わせ、ルフィと未登録[2]はおまえにもしてやろうかおまじない、意気揚々。
「いや、いらねェ」
「なんでだよ」
「おまえらのその顔見てお願いしますなんて言うやついんのか」
 もっともらしいご遠慮の言葉。おめー可愛くねェぞなんて、ルフィらしからぬ言葉に続いて未登録[2]も頷いた。
「年下のくせに」
「関係ねーだろーが」
 そんな光景に、バカねぇと呆れ笑いを浮かべるナミとロビンの姿が女部屋にあったとかなかったとか。


 水場で濡れ場、どうでもいい単語の組み合わせが頭の中を過ぎったが、いかんいかんとサンジは首を振る。そのせいですぐそこにある緑色のさくさくが頬に当たった。
「おいゾロ、寝ろよ」
「昨日のこと覚えてねェのか。ヤってねェんだぞ」
「バカか。大体あれは、」
「まァ、あいつの悪夢ってなァしょうがねェ」
 でもな、サンジの顎を掴みながら、ゾロは視線を合わせる。
「おれにはあれが悪夢だ」
「ば、ちょ、待て、……っん、」
 唇が唇を覆い、サンジの背中はキッチンテーブルに押し付けられた。抵抗しようとした足は、ゾロの体で窮屈にも動きを止められる。小さな水音がダイニングに響く、が、舌打ちをこぼしてゾロが唇を離した。それとほぼ同時、乱暴な音とともにラウンジの扉か開く。サンジはとっさにゾロの体を押しのけた。
「サンジ兄ちゃんっ」
 またしても未登録[1]だ。しかし今回は怖い夢をみたからとか、大した理由があるようには思えない登場の仕方。その姿を目の端でとらえたゾロは昨日のように大人しくはない。またてめェかと、立ててあった刀に手を伸ばした。そんなゾロに対し未登録[1]は、ああいたのかといった表情を浮かべる。それがまたゾロの機嫌を悪くさせる、とわかってて未登録[1]もやるのだけれど。
「ゾロに構ってる暇ないから」
「テメ、」
「そんなことより、サンジ兄ちゃんっ」
 未登録[1]の中ではゾロは無視の方向で、サンジへと視線を向ける。にへにへとはにかんだ笑みを浮かべて、目ェ瞑って?と。
「目?」
「そう!目。未登録[2]とルフィがね、悪い夢みないようにおまじない教えてくれたの」
「ルフィと、……未登録[2]が?」
「好きな人にやってもらうといいんだって」
 だからサンジ兄ちゃんにやってあげるんだと、未登録[1]はサンジの腕を掴んだ。
「………好きな人って、」
「サンジ兄ちゃん、あたしのこと大好きじゃん」
 "大好き?" でも "大好きだよね?" でもない。確信した言葉をぶつける。それに頷いて返すサンジもサンジ。毎日毎日仲が良いというわけではなく、ケンカする時はケンカして、口をきかないときは口をきかない。その分、仲がいいときはやたらベッタリしてる。二人とも最強のシスコンでブラコンなのだ。
「だから目を閉じましょう」
 サンジの顔の前に手のひらを掲げ、目を閉じるように促す未登録[1]。言われるままに瞳を閉じるサンジは、少し首を傾げた。隣に佇む男の生唾は一切無視。
「えとねー、」
 ふふっと笑い、未登録[1]は両まぶたにちゅっちゅと口付ける。
「?」
「ナンだそりゃ」
 魔獣の目は好ましくない程度に険しくなっていますがやっぱり無視。唇を離し、目を開けたサンジに笑いかける。
「怖い夢、みないよ?」
「………そうだな」
 サンジが笑みを返して言えば、未登録[1]はひどく嬉しそうな顔のままチラッとゾロを見て、邪魔しちゃってごめんなさいね、彼女にしてはいやにしおらしい謝罪の言葉を紡いだ。
「まったくだ」
「ゾロ、てめェな」
「いいよ、サンジ兄ちゃん。邪魔したのは事実だしー」
 言ってる意味が分かっているのかいないのか、ぺろりと舌を出してあっかんべー。ラウンジの外へ出るとくるりと向き直る。
「んじゃ、おやすみなさい」
 そのままヒラヒラと手を振って姿を消した。
 扉を見ながら、ゾロはため息づく。そしてサンジに目を向け肩を落とした。
「邪魔だなありゃ」
「邪魔とかって問題じゃねェだろ」
 おれの妹をなんだと思ってやがる、そうサンジが言えばゾロの目は怯むことなくそれを捉えて返す。
「てめェの妹だろうが何だろーが、邪魔なもんは邪魔なんだよ」
 言いながらグッと腕を掴み、眉間に皺の寄った顔を近づけた。言葉を躊躇したような空気が感じられ、それでも言わなければいられないのだろう、この男は。浮かべたのは自嘲的な笑み。
「……おれには、それが悪夢だ」
 サンジを見た。
「悪夢?」
「てめェはいつも、妹のことばっかだな」
「妬いてんのかよ」
「そうだっつったらどーする」
「アホか」
 自分から離れ、椅子に腰を下ろすゾロを見て、呆れたようなため息をつくサンジ。しょーがねーなと呟くと、緑の頭を撫でる。
「おい」
「てめェと未登録は別もんだろ」
 言って、目ェ閉じろ、座ったゾロに目線を合わせるように腰を折った。
「あ?」
「いいから」
「なんだよ」
 やけに素直に瞳を閉じる男に少し笑って、そっと瞳に口付ける。予想外の行動にゾロはすぐに目を開けて、怪訝な顔でサンジを見た。そんなゾロにサンジは言う、おまじないだと。
「まじないだ?」
「言ったじゃねェか。悪夢だって。これで悪夢はみねェだろ」
 屈託のない笑顔で笑うサンジに、ゾロもつられ笑う。
「おれにされたんだから、効果倍増だな」
 サンジの言葉で思い出したのは、未登録[1]の言った "好きな人に" という言葉。
「違うか?」
 明るいダイニングで、光る黄色を見つめながら、肩を掴んで近くに寄せた。
「責任取れよ」
「あ?」
「悪夢、みせねェんだろ?」
 言葉の意図を理解したサンジは項垂れる。明日も早ェんだぞと呟きながら。


未登録
 甲板へ出た未登録[1]を呼んだのはルフィ。どうやら今夜は見張り当番で、見張り台へ行く途中だったらしい。
「んー?」
「おまじない、してもらったのか?」
「そう。サンジ兄ちゃんにー‥、あれ?」
「んあ?」
 よく考えたら、してもらってない。
「してもらって、ない」
「してもらいに行ったんじゃねーのか?」
 自分がしたことに満足して、そのままダイニングを出てしまったのだ。サンジにしてもらって相互効果万歳じゃないのか!
「忘れてたっ」
 ババッとラウンジの扉を振り返り見て、しかしそこについている明かりが、先ほどとは違うように思われて。というか、これ以上邪魔したらあの魔獣になに言われるかわかんないとか、今中に入ったらいけないんじゃないかとか、いろんな考えが頭を巡る。
「うあぁぁぁー‥」
 今更、あの明かりの中に入っていけるほど、未登録[1]もバカではなかった。
「サンジ、あそこにいねーのか?」
「いるけどー。また明日してもらうからいい。……大人しく寝る」
 口を尖らして肩を落とす未登録[1]に、ルフィは首を傾げて覗き込んだ。
「じゃ、おれがしてやる」
「へ?」
「目、瞑れ」
「え、や、だって、」
 いいから目ェ瞑れよ、言いながらルフィの指がおでこを弾く。その反動で閉じた瞳の上に、軽く唇が触れた。

「うっ」

 時間にして3秒くらいだったことが、なぜかとても長い時間に感じられて、次に目を開けた時には満面の笑みの船長がいる。
「もう、みねーな。悪い夢」
「あ、ありがとう」
「おうっ」
 しししと笑う船長につられ、未登録[1]も笑った。
未登録
「ん?」
「見張り、一緒にするか?」
「えっ」
「嫌か?」
「でも、寝ちゃうかもよ」
「寝たらおれが運んでやるから」
 その船長の申し出に、どう答えていいかわからなかったけど。もう少し一緒にいたいと思ったから。だから、コクッと頷いた。
 どうして一緒にいたいと思ったのかも、なんで見張りに誘ったのかも、結局二人にはわからないまま。だけどきっと、見張り台で眠ってしまった未登録[1]も、悪い夢をみることはなかったんだと思うから。それでよしとしよう。 

 

 


ここのシリーズのコンセプトをつめてみました。
04/01/30 ×