キミのヒカリのカレイドスコープ

 

 

「きれい!すごくきれい!おかあさん!」
 屋台の前でぴょんぴょん跳ねる可愛らしい女の子は、自分より少しだけ幼いくらいだった。彼女の手にはきらきらとした細工が施された筒型の、店構えと看板から万華鏡と思しきそれが握られている。
「しょーがねェだろ」
「次に降りたときに、」
「絶対無理だし。見つけらんないもん」
 ゾロとサンジとルフィと未登録[1]。本日港に降りたのはこの4人。なんという無理のあるメンバーだと誰もがつっこみどころなのはさておき、それはとりあえずの買い物を終えて船へ戻る途中の出来事。サンジが食糧買い出しをしている近くで、未登録[1]とルフィはふらふらと市場の露店を物色していた。迷子というリスクを背負ったゾロはもちろんサンジの隣から動くことを禁じられてはいたが、4人とも思い思いに短時間の陸生活をエンジョイライフ。
 未登録[1]とルフィがつかまったのは和テイストの小物が並ぶ小さな屋台。例の筒状の万華鏡を見つけた未登録[1]に、気のいいおじさんが覗いてごらんと手渡した。筒の中は思いのほかきれいで幻想的で、一気に心を惹かれてしまったのだ。買い出しを終えたゾロとサンジが現れて、ここぞとばかりにねだってはみたものの、ナミから渡された買い出し分の金銭は既にゾロの持つ食糧へと変貌を遂げた後で、しかも今日に限って各々の所持金は船の上。諦めざるを得ない状況。名残惜しそうにその場を離れる未登録[1]の耳に聞こえたのは、お母さんに万華鏡を買ってもらう女の子の声だった。
「いいなー、あの子」
「金があったら買ってやったっつってんだろ」
 無い袖は振れねェだろとちょっと難しいことを言うゾロに、未登録[1]は口を尖らせながら船に置いてきた自分の財布を思った。思ったところで、浪費甚だしい財布の中は空に近いということも把握済みではあるけれど。


 眼前に見える港の灯りにひどく違和感を覚える。昼間出た島とはまた違う島の港、から、少し離れた岩陰にそっと船を停泊させていた。上陸して無駄な宿代を使うわけにはいかないわという金庫番さまの一言は、我が船の財政難を容易に示唆した。それでも明日はこの島に降りて近郊の海図を買わなければならないらしい。ナミのため息に、財布の中身が空に近いのは自分だけではなかったんだとわかり、同時に、期待できないお小遣いにナミと同じくため息を漏らした。
 なにも考えず、ボケーッと暗い海を見てるだけ。
 なにも考えず、ボケーッと島の灯りを見てるだけ。
 でもそんな見張りの最中、頭の端にひょっこり出てくるのは昼間の万華鏡だったりするのです。宝石だとか金だとか、そういったきらきらした物に惹かれる性格ではなかったけれど、あれは本当にきれいだった。そう思えば、うーんやっぱり欲しかったなーと掴めぬ過去に切なくもなる。

未登録
「わ、見張り交代?」
 パチンとゴムの弾ける音がして、見張り台に足をかけたのはルフィ。ハラへって目ェ覚めちまったんだとしかめっ面。未登録[1]の記憶が正しければ、確かに質素な食事ではあったけど、ルフィの腹を満たすためにサンジが頑張ったという形跡は見えていたというのに。この船長ったらもう。
「まさかなんかつまみ食いしたんじゃ」
「なんもねェ」
「マジか」
「ナイソデハフレネーんだな」
 あれそれ昼間どっかで聞いた、未登録[1]が言う前にゾロの真似だとルフィは笑う。二人では狭い大盥の中に躊躇なく押し入った。昼間と言えば食糧買い出しした気がするけど、どうやらサンジはルフィに手を出されない隠し場所にでもしまったらしい。推測するに女部屋だろうなと、押し入る船長のためにスペースを作りながら未登録[1]は肩を竦める。ついでに小さなため息のオプション付き。
 しかしそれはルフィにはちょっと違った効果だったらしい。
「どうかしたか?」
 訪ねたのはため息の理由。
「昼のあれか?」
「ひるのあれ?」
「不思議望遠鏡」
 なにを言ってるかわからなくて、でも、ああそっかと笑みがこみ上げる。
「万華鏡っていうの、あれ」
「きれーだったな」
「でしょ?」
 これとはちょっと違うんだけどと、見張り用に置いてある望遠鏡を手にした。街の灯りが目に映る。きれいだけど、やっぱりあの万華鏡に対する気持ちとはちょっとだけ違うのだ。
「別にいいんだけどね」
「いいのか?」
「うーん、なんてゆーか、自分が女の子だって思い出したよ」
 ルフィは難しそうな表情で女じゃねェかと当たり前に言った。そんなルフィに未登録[1]は笑みを深める。でもね、とその笑みは崩れることなく、なんだか遠くの灯りに映えていると、そんな難しい表現は使えないけれどルフィはなんとなく思った。
 普段みんなと一緒にいると、自分が女の子だってことを忘れる。だけど、万華鏡見て、きれいって思って、あれを欲しいなって思った自分はあの女の子と同じだった、そんな風に言う未登録[1]はルフィの言うように女の子で、今日はどこか少しだけ儚げ。
 これがあの万華鏡だったらなーと望遠鏡を覗きながらつい漏らしてしまう言葉に、未練は隠せない。

「うわっ」
 見えたのは、ルフィの大きな目。というか、大きくなったルフィの目だった。なになにと望遠鏡から目を離せば、それを掴むルフィの手。
「ウソップ怒るけど我慢すんだぞ?」
「へ?」
 望遠鏡を取り上げて、次の瞬間響いたのは小さな破壊音。夜の静寂に、そのパリンという小さな音は結構大きくこだました。望遠鏡のレンズは思った通り割れている。
「な、なに割ってんの!」
「覗け」
「は?は?」
「あっち見ろ」
 街を指さす。促されるまま、覗いた先。

 あ。

「わ、きれい」
 昼間見た、あの筒の中みたい。割れたレンズの屈折で、町の灯りが万華鏡の中のように見えた。クルクル回すと、光が回る。
「すごい!ルフィ!きれい!」
「しししっ」
「すごいよ!万華鏡みたい!」
「まー、ウソップに怒られっけどな」
「あたしのせいにしていいよ」
「割ったのはおれだぞ」
 そんなルフィに、なんかお兄ちゃんみたいだねと未登録[1]が言えば、聞き慣れてない単語にそうか?と首をかしげる。こんな突拍子もないことはルフィだから思いついたことで、でもきっと、ルフィはあたしのために考えてくれた結果なんだ。あたし、今、あの女の子みたいになってるな。女の子として仲間に大切にされてる。未登録[1]は思って、小さく笑った。



「ちち、違う!ルフィがやった!割ったのルフィ!」
「おまえ、話が違うぞっ。あたしのせいにしていいからって言ったじゃねェか!」
「ルフィこそ、割ったのはおれだって言ったじゃんか!」
 翌日、ウソップの逆鱗に触れた二人は、軽く罪をなすりつけ合う。
「おまえら二人が悪いんじゃねェか!!」
 ウソップの怒号が、今日もゴーイングメリー号に響いていた。 

 

 


兄の顔を見せるルフィ
03/09/25 ×