君の香りは海の風

 

 

「あっづい…」
 ジリジリと照る日射し。カラカラと渇いた喉。こんなに暑い場所には慣れてない。いや、みんなそうなのだが。わがまま娘は特に慣れていなかった。
未登録
 平気か?と、斜め前を歩くサンジが聞けば、平気じゃないとふてくされて言い返す。しかしそれでも歩き続けるのは、心配かけまいとしているのだろうか。
「おぶってやろうか?」
「いらない」
「なんでだよ」
「いらないのっ」
 サンジがそんなに暑さに強くないことは重々承知。いくら疲れているからと言って、兄に迷惑を掛けるわけにはいかない。暑さのあまり不機嫌になってはいるが、妹だって兄のことを心配しているのだ。
「じゃあおれがおぶってやろうか?」
「へ?」
「あ?」
「ゾーロー‥」
「どうすんだ?」
 おんぶ!と目を輝かせたがゾロの後ろ、ヘロヘロになって運ばれてるチョッパーを見て少し間を置き、あーやっぱりいいとボソボソ言葉を続ける。体力だけが取り柄と言ってはこれまた失礼に当たるが、兄より暑さに強いだろう剣士におぶってもらえたなら恐縮さも軽減するとは思うものの、もうすでにダウンした一人を運んでいるのだ、なんとなく道理に反する。
「いーのかよ」
「いーの。チョッパー運んでー」
 喋ってると喉が渇いてくから、口を閉ざした。後方のエースは、その様子を見て可哀想にと肩を竦める。
「だァァアァァァアァ!ルフィ!」
「あんたなんでそんなに飲むのよ!」
「バカかてめェは!おれだってそんなに飲んでねェんだぞっ?おいー!」
 前方ではルフィ中心になにやら揉め事。エースはため息混じりに苦笑い、その輪の中へと入っていった。
「おいおい、ルフィ」
 あんまり迷惑かけんなっての。隣に並んだエースはルフィの頭をゲンコツで小突く。小突かれたルフィは、口の中いっぱいの水を零さないように飲み込んだ。
「喉渇いたんだっ」
「渇いたってな、みんな我慢してんだぞ?」
 船長なんだからクルーのことも考えろよと、もっともなことを言って今度は軽く撫でてやる。ルフィは少しばかり面白くなさそうな表情を浮かべるが、うーんと一間唸ったあと、そうだなと小さく相槌を打った。
「わかんじゃねェか」
 そうエースが笑えば、ルフィも笑う。笑い合う姿はやはり兄弟。

未登録
「んうー…」
「飲むか?」
 ルフィが声をかけたのは、少し後方を歩く少女。さっき話した時よりもフラついている。
「うー、いらないー…」
「いいのか?」
「気持ち悪……っ、」
未登録?」
 ガクンと、階段を踏み外したように上体が沈んだ。
未登録!」
「おっと、」
 前に倒れそうになった未登録[1]を支えたのは、熱を持った男の腕。
「ん、」
「平気か?お嬢ちゃん」
「ご、めんなさ、」
「謝んなくていい」
「平気か?未登録
「頭、気持ち悪い…」
 普段聞かない組み合わせの言葉を口走った。後方から様子をうかがっていたサンジは、急いでそこに駆けつける。
未登録!」
 エースの腕の中でグデッとなってる未登録[1]の頬に手を当てた。
「熱ィ」
「船医もあれじゃあな」
 エースは言うと、サンジの後ろから船医を引きずり歩いてくるゾロを見る。
「あー、悪ィな」
「いや。おれがおぶってくよ」
「そりゃ本格的に悪ィ。おれがおぶ、」
「おれのが体力ある。暑さに強ェしな」
 言葉の前半に多少なりともカチンときたものの、確かに暑さに強いといった点ではその通りかもしれない。しかも、自分の体力も大分消耗してきた。そんな時に未登録をおぶって、二人倒れてしまうよりはいいのかもしれない。サンジは顔を上げてありがとな、とだけ言った。
「困った時はお互い様だ」
 あんたコックなんだろ?そう言って、サンジの肩に顔を埋める。
「おい、」
「美味そうな匂いだ。あとで体力回復できるよーなもん、食わせてくれよ」
 食い物を強請って笑った顔はどことなく自分の船の船長と似ていて、あァ、こりゃ兄弟なんだなと、可笑しくなったサンジは屈託のない顔で笑った。後方、その光景を見てロープを握る手をきつくしてる男のことなど知りもせず。


砂漠は、広く、熱く。

「エース」
「あ?」
「平気か?」
「なにが」
未登録
「あァ、この娘か?軽いから平気だぜ?」
 エースの言葉に、そうじゃなくてとルフィは言う。
未登録が、平気か?」
「おれの心配じゃねェのかよ」
「エースは平気だろ?」
 首を傾げるルフィに、そうだなと笑った。
「サンジの妹なんだ」
 エースの隣、というか、未登録[1]の隣。顔が見える位置に並んだルフィは、未登録[1]の額の髪を払って言う。
「コックさんの?」
「おう。未登録は菓子作んだ」
「菓子?」
「サンジがコック。未登録は菓子職人」
「へェ。食ってみてェな」
「エースの分、頼んでやる」
「そいつァどーも」
 エースの視線はルフィに向き、しかしルフィはしきりに背中の女の子を心配しているらしくその視線には気づいていない。エースの背中の上、小さく身じろぎした少女。
「お嬢ちゃん、ちゃんと掴まってろよ?」
「……う、はい……」
 キュッと肩布を掴む未登録[1]の手に、小さな笑いを漏らしエースは言った。
「可愛いお嬢ちゃんだ」
「あ?」
「かっさらいてェくらいに」
「ダメだっ!」
 その声に驚いたのはエースだけではない。周りのクルーも何があったのかと驚いた表情をして、ルフィを振り返った。
「な、なに?」
「どーかしたか?ルフィ」
「いやいや、なんでもねェよ」
 気にすんなと歩くように促すエース。促されるままクルーたちは歩き出すが、その頭の中は疑問符が占領しているらしい。
「……っ、ん、なに?」
「あァ、なんでもねェ」
 背中の上の未登録[1]まで気にする始末。
「なんでもなくねェ」
「あのな、冗談だ、ルフィ」
「じょう、だん?」
未登録のこと連れてきてェっつったんだ、エースが。ダメだかんな」
「だから冗談だって」
 わかれよおまえもと、苦笑いしたエース。兄弟喧嘩で弟が拗ねた、そんな感じの雰囲気。そんなふたりの会話に、未登録[1]は小さな笑みをこぼして言う。
「へーきだよー…。ルフィんとこ以外、行かないもん、ねー…」
 ピタッと、その言葉に止まる足。
「こりゃあ最高のクルーだな」
 そんなエースの言葉が聞こえていたのかどうか、ルフィはエースを見て一言。
「おれがおぶる」
「………あ?」
「おれがおぶる。おれの仕事だろ?」
 ジッと自分を見る弟の目に、エースは少し困ったように頷いた。負担の掛からないようにゆっくりと、未登録[1]をルフィの背中に預ける。
「いいのか?」
「おれがおぶんなきゃダメだろ?おれの船のクルーなんだからな」
「そうだな」
 果たして、自分の船のクルーだからっていうそんな単純な理由なのかどうか。こいつも成長したんだなーなんて思いながら、そっと二人から離れていった。


 自分の肩に頭を預ける未登録[1]を感じて、返事はこないとわかっていてもルフィは話しかける。
「もうすぐ岩場だから頑張れよ」
 日陰行ったらチョッパーに診てもらおうなと、いつもは聞かない優しげな声。大きな安堵が広がるのを感じながら、先ほどよりも幾分か明瞭とした意識の中、未登録[1]はゆっくりと目を開ける。
「ん、ありがとう」
 返ってくると思わなかった返事に少しだけ驚き、当たりめぇだと呟いた。
未登録
「なに…?」
「おまえ、海の匂いがすんな」
「うみ?」
「おう。潮の匂いがする」
「そーかな」
「おれは小さい頃から、海の匂いかいで育ってきたから、すぐわかるんだ」
「あー、あたしは、………海にずっといたから。なにが海の匂いなのか、……ねー」
「これが全部終わって、海に出たら、」
 未登録にも海の匂いがわかるだろ、いつものあの笑みでルフィは肩を揺らす。
「潮の匂いだ」
「しお」
「おまえがいれば、」
「ん?」
「砂漠にいても、海の匂いがするから、寂しくなんねェな」
「……そ?」
「おれんとこ以外行かねェってことは、ずっとおれんとこにいるんだろ?」
「そーだねー」
「おれはずっと寂しくねェな」
「じゃ、あたしも寂しくない」



 君は海の香り。
 海で生まれて海で育って、最期もきっと、海へ還るのだろう。
 海に嫌われたおれは、この広い海を自由に泳ぐことはできないだろうけど、君という海に包まれ眠ることはできるのかもしれない。

 母なる海。
 おれは今背中に、海を背負う。

 

 


エースがいるからアニメバージョンかな。
03/10/12 ×