ライク de ライク

 

 

 この船の中で自分と一番近い脳構造、簡単に言えば、正常な人間。今までそうだと思ってたやつが、最近壊れてきている。
 ぽかぽか陽気のランチタイム。ウソップの隣、今日も未登録[1]は呟く。
「なんで悔しいのに嬉しいんだろ。……うー、嬉しい?」
 その視線の先には、喧嘩腰で話をするゾロとサンジ。唸るような呟きに、ウソップも首をかしげるばかりなり。
未登録?」
「いや、やっぱ悔しい」
「おい」
「へ?なに?」
「いや」
 なんでもねェ、小さく返しウソップは目を伏せた。先ほどのウソップよろしく首をかしげた未登録[1]は、変なのーと歌うように一言。そんな彼女の脇からうにゅっと伸びるのはルフィの手。
未登録、貰うぞ」
 未登録[1]は目をみひらいて、声にならない声を出しその手を叩く。しかしルフィは怯まず皿を掴んだ。
「こらー!」
 ペシッと叩くまでは優しさだったのだと後に未登録[1]は主張する。逆の手で持っていたフォークをブスッとルフィの腕につき立てた。
「イッデェェェ!」
 躊躇いすら見せない流れ、おめェ狂気だなとは言わずにウソップはただただため息づく。
「天罰」
「イッテェなぁ。けち」
「ケチで悪いか。人様のものに、……あっ」
 未登録[1]はなにか考えるように、皿の上の一つをフォークに刺した。一瞬前までとは打って変わって、甘い笑みでルフィの名前を呼ぶ。
「ルフィルフィ」
「ん?」
「あーん」
 甘ったるい笑みに見合う甘ったるい仕草。ルフィに口を開けるように促した。
「あーん?」
「そう。あーん」
「あーん」
 開けられた大きな口に放り込む。
「ん。うめェ。やっぱ未登録は優しいな」
「でっしょ?」
 ニコニコ笑う未登録[1]の頭にペシッと振る細長い指先。
「イッ‥」
「なにが優しいな、だ」
 好き嫌いすんじゃねェって言ってるだろ、言って眉を顰めたのはサンジ。未登録[1]の皿を見ながら他にもなにか言いたそうにしている。説教直前のあの顔だと、未登録[1]は直感。
「き、嫌いなもん知ってるのに入れるサンジ兄ちゃんが悪いっ」
 口先を尖らせる彼女特有の表情、説教される前に抜け出さなくては。子どものような(実際子どもではあるが)口答えに呆れつつ、まぁ一理あるなとウソップも漏らした。
「おれの皿にもきのこ入れんなよ、サンジ」
 そう、嫌いだと宣言したにも関わらず、なにかにつけてきのこを自分の皿に盛り入れるサンジに対して燻っている不満はあった。言ったはずなのだ、きのこは嫌いだと。
「おまえら好き嫌いなんてあんのか?」
 おれはンなもんねぇぞと、ルフィは口を動かす。ムグムグむぐむぐ。なんというか、この船長には好き嫌いじゃなくて、毒か毒じゃないかっていう選別方法くらいしかないんじゃないかと思うほど、ルフィは食にかけては選り好みしない。そんなルフィを見ながら未登録[1]は思い返す。昔サンジが自分に聞いてきたこと。


── 未登録

あの頃はまだ小さな男の子で。

── うん?

あたしもまだ、今より小さな女の子。

── 食べれないものとかあるか?
── たべれない?
── アレルギー起こすとかさ、

アレルギーの意味を特に理解していなかったから。

── なんでもたべれるっ!

そう答えた。まぁ、アレルギーもなかったんだけど。

── そうか、わかった。

そしてあたし、そのあとに言ったんだ。

── でも、きらいなのあるよ。
── 嫌いな?なにが嫌い?


「嫌いなもの言ったはずなのに何度も出すんだもん」
「おれのもそうだな。なんだよきのこのサラダってよ」
 抗議中のウソップと未登録[1]を尻目に、二人の皿に手を伸ばすルフィ。
「あのな。アレルギーとかあんならしょうがねぇけど」
 ”嫌い”は”食えない”うちに入らねェんだよ、サンジは言い、今度はルフィの頭をペシッと叩く。
「嫌いなものを食えるようにするのもコックの仕事だしな」

 嫌いなものを、食えるようにする。

「サンジは嫌いなものないのか?」
「………嫌いなもの、ねぇ」
 右上の方。空を見て考えるように、思い出すように。
「ねェな」
「うっそだー!」
「いや、それは本当だ。ガキの頃はあったけどな」
 腹が減ってなにも食えねェことがありゃ、食い物の有り難味が分かる。好き嫌いなんて言っちゃいられねェんだぞとサンジは苦笑った。バラティエでの戦いのとき、なんの前触れもなくゼフとサンジの過去を聞かされた未登録[1]は、それの意図するところがわかってしまって、少しだけ俯く。
「だから今は食い物なら何でも食える。それよりおまえら早く食え。じゃねぇとルフィに全部食われちまうぞ」
 人差し指を二人の皿へ、笑いながら背を向けて流し台の皿を洗い始めた。
「テメェ!ルフィ!」
 自分の皿の上が残り少なくなっていることに気づいたウソップはルフィの頬をつねって猛攻撃。
「あぶなっ、うー、セーフ」
 まだそんなに手を出されていなかった自分の皿を確保し、未登録[1]はホッと一息。騒ぎ立てるルフィとウソップを尻目に早く食べ終えてしまおうとフォークを手にする。
「ガキくせェな。好き嫌いなんてなァ」
 いつの間にか向かいに座ってたゾロに言われた一言は、軽いながらもちょっとカチン。
「ぶぇ。あたしまだ子どもだもん」
「違ェねーな」
「あんただってまだ子どもなんだからね。未成年のくせに」
 なのに性格がおっさんすぎて困るね、なんて、ゾロにとっては身も蓋も無い悪態をつかれ、なかなか眉間の渓谷を深くさせた。
「うわー眉間にしわ、眉間に!」
 そうさせたのは自分であるにも関わらず、いやいやと人差し指でグイッ。ゾロの眉間を上にあげる。
「テメ、この……」
「ぶはっ!変な顔!」
 吹きだせば、口内のご飯粒飛び散ること必至。
「バッ……、汚ねェなテメェは!」
「ゴメンゴメン」
 未登録[1]が本心で謝ってるのかどうかは定かじゃない。大人ぶるというか、精神的にも物理的にも自分よりはだいぶ大人であることは否定しようのない事実ではあるが、そんなゾロにも嫌いなものはないのですかと取ってつけたような質問。
「ねェよ」
 それだけ言ってサンジの方を見る。サンジはウソップに簡単な食べ物作っているらしくて、いまだぎゃーぎゃーと言い合うウソップとルフィを叱りながらの作業は手馴れたものだ。未登録[1]はその様子を目端で捉えるが、ゾロからの返答は想定内だったらしく、格段大きな反応もせずにふーんと返す。
「ないんだ。嫌いなの」
「おまえらがありすぎんだよ」
「そこはーほらー繊細なのー」
「関係ねェだろ」
「まーでも食わず嫌いってのもありますが」
 未登録[1]の言葉に、なにか言いたそうにまた渋い顔。
「なにさ」
「食わず嫌いなら一回食ってみりゃいいんだよ」
「は?」
「そうしたらわかる」
 本当に嫌いなのかどうか、当たり前のことを当たり前に言うゾロ。その視線はまだ、料理人に向いていて。

 一回食ってみりゃ?

「見すぎだしっ」
「あァ?」
「食わず嫌いだったんだ?」
「なにがだよ」
 ゾロの言った一言の意味が、ゾロ自身にしかわからないと思っていたのだろうけど、それは未登録[1]にもなんとなくわかる雰囲気で。あぁでも、あまり深くはわからないけれど。
「美味しかった?」
 どうやら悔しさを感じたらしい。
「ねぇ、美味しかった?」
 未登録[1]の問いかけに答えず、視線の先は変わらない。その視線を奪おうとも思わなかった未登録[1]は、一緒にその先を見る。暫く二人で、同じ対象を見た後、ガタンと席を立ったゾロ。さっきまで逆に向いていた視線を未登録[1]に戻して、寝る、と呟いた。
「また寝んの?」
 呆れ顔でゾロを見れば、ゾロは頭を掻く仕草をする。
「夕飯になったら起こせ」
「偉そうに」
 言ったあと、もう一度聞いた。
「ねー、美味しかった?」
 肩を揺らしため息をつく音、そして少しだけ間をおいて。


「極上」


 それ以外は何も言わず、ゾロはキッチンをあとにする。残された未登録[1]。右側ではまだウソップとルフィがなにか言い合っていて、自分の周りだけゆっくりと時間が流れているように感じた。
「ごくじょう」
 そして、極上な味を持つだろう主に目を向ける。

 喉が鳴る。
 喉が渇く。
 喉の奥が苦しい。

「………なんで、こんな……」
 なんでこんなにドキドキしてんだ、あたし。あたしはサンジ兄ちゃんが好きで、誰かに取られるのはすごく嫌で、でもその誰か、誰かのモノになりかけてる。いや、もう多分、その誰かのモノになってて、すっごく悔しいんだけど。
 彼のその幸せを、一番望んでるような気がしてならない。

 

 


ゾロサンを醸し出す男、それに萌える妹。
03/09/26 ×