We Are Family

 

 

「パティシエさん?ご飯だそうよ?」
 ちょうど目覚めかけていたその時、耳に届いた艶のある声が意識を鮮明にした。声がというよりも、言葉がと言った方が正しいのかもしれないその状況で、未登録[1]はガバッと体を起こす。
「……ぁああ、朝、なの?お姉ちゃ、うわっ」
 ハンモックから足を落とした慌て者の体は宙へ舞った。ぐるんと世界の回るそれを支えたのは無数に咲いたロビンの手。
「あ、ありがとっ」
「いいえ。今日は寝坊したのね」
「そーだっ、もうみんな起きてるの?」
「朝ごはんはできているらしいわよ」
 朝ごはん!そう叫んで立ち上がった未登録[1]は、前の晩に用意しておいた服に着替える。歪な文字で“未登録[1]”と書かれたプレートのある引き出しから、取り出したるは洗顔セット。
「先にラウンジへ行ってるわね」
「ありがとう、お姉ちゃん」
 浮つき気味のその声にクスリと小さな笑みを漏らし、ロビンは外へと消えていった。未登録[1]は後を追うように梯子段を上がり、そのままバスルームへ直行する。

「あ、おはよー、ウソップ」
 そこで、歯を磨いてるウソップと遭遇。大きいとは言えないバスルームの外、格納庫で順番待ち。
「おう。……ん?なんでおまえ、」
「寝坊」
「またかよ。サンジになんか言われんぞ?」
「しょーがないじゃん。あ、歯磨き粉ないや」
「使うか?」
「ありがとー」
「そーいやナミが明日港降りるってよ」
「ナイス。歯磨き粉買って来てー」
「自分で行けよ」
「あたしは別の買い物あるもん。ついででいいから」
 この船で未登録[1]の親友と言ったらウソップ。どんなことでも話せるし、心許せる中、と思っているのは未登録[1]だけで、ウソップは専らお守りに徹しているとかいないとか。
「先行ってるぞー」
「ふいぃひははひほふんはへふはっへひっほひへ」
「なに言ってるかわかんねーよ」
 歯磨きをくわえたままの未登録[1]を笑いながら、ウソップは出て行った。ウソップの後ろ姿を見送った未登録[1]は洗面台に向き直りシャカシャカと歯を磨く。歯を磨き終わったら洗顔。で、顔を洗ってる途中で気づくのはひとつ。
「うわ。タオル忘れた」
 忘れちゃった。さてどうしよう。うーんと唸り、目を閉じて下を向きながら一つの案をポロッと口に。
「このまま自然乾燥か」
「バカ言ってんじゃないわよ」
 嗚呼、この声は。
「んナミすゎん!」
「サンジくんの真似はやめなさい」
「うぃ。オハヨウゴザイマス、ナミの姉貴」
 よろしかったらわたくしめにタオルをと、腰を屈めたままの体勢でナミにお願い。目を瞑ったままの手にフワリと置かれたそれに変てこな安堵を覚えぽふぽふと顔を拭く。タオルから覗かせた瞳の先には、自分の兄が形容するならばオレンジ色の天使が降臨。
「ありがと、ナミちゃん」
「どういたしまして。今日、少しみかん使う気ない?」
「あるあるー。くれるの?」
「少しね。そろそろ熟してきた実があるから」
「わーい」
 顔を拭き終わった未登録[1]は、昼のおやつのことを考えながらナミと並んでラウンジへ向かう。格納庫を出れば、今日も青空いい天気。グランドラインの天気は変わりやすいというけれど、今日も一日お天気でありますようにと深呼吸して階段を上がった。

「おっはよー!」
「遅ェぞ、未登録
「あうっ」
 元気良くラウンジへ入ったというのに早々に一喝。未登録[1]を一言で威圧した男は、こちらに背を向けて皿を洗っている。
「昨日寝るの遅くてー」
「研究だかなんだか知らねェけどな、そーゆーのはもっと早い時間にやれ」
「だってサンジ兄ちゃんが仕込みで使ってるじゃん!」
 キュッと蛇口を閉めたサンジは、未登録[1]に向き直り小さなため息をひとつ。しかしナミへ視線を移すと軽やかな声でおはようナミさんとグレープフルーツジュースをテーブルに置いた。

 サンジ兄ちゃん。
 未登録[1]はサンジの大切な妹で、サンジは未登録[1]の大好きな兄。バラティエから一緒にこの船に乗った。血さえ繋がってはいないが、立派な兄と妹。

「まァいい。早く食え」
「食う食う。いっただきます」
 本気で妹を怒ることなど皆無に等しいサンジ。未登録[1]もそれをわかってるからこそ、本気で怒られるような行為はしない。普段なら自分も朝食作りを手伝っているはずで、たまにこんなふうに寝坊してしまう日があるが、それでもサンジはそんなに怒ることはない。サンジはコック、未登録[1]はパティシエ。本来の役割というものがしっかりと確立しているから。
 甘いわねーサンジくん、なんて、ナミの言葉を聞き流しながら未登録[1]は自分用の皿を探す。
「おう、うまいぞ」
「おは、ル、って!ぎゃああぁぁ!」
 ルフィに声をかけられて笑って返したが、自分の皿を見て絶叫。
「なんであたしの分がこんなに少ないのっ!」
 どうしてなのかはだいたいわかる。サンジが自分の分だけ少なくするなんて思えない。だったら、なら、原因はこの船長しかいないのだ。
「食ったな、ルフィ!」
「おまえが来んの遅ェんだ」
「だからって人の分まで、ウソップーっ!」
「な、なんだよ。おれ関係ねーだろっ」
「さっき言ったのにどーして食われるかなっ」
「さっき?」
「言ったじゃん! ルフィにアタシの分食べるなって言っといて って!」
「さっきって……あれか…!なに言ってるかわかんねーって言っただろ、おれはっ」
「ぎーっ!ムカつくー!アホルフィ!」

 食べ物第一、この船に乗っていると自然とそうなる。

「サーンージーにーぃーちゃーーーん」
 うだうだとやたら悲しそうな仕草にサンジは片眉を上げ、しょーがねェなとなにか作り始めた。その姿に未登録[1]は笑みを湛える。そんなお兄ちゃんが大好きです。

「おー、起きたのか?おはよう、未登録
未登録、オハヨー!」
「あ、おはよー。未登録[2]、チョッパー」
 ラウンジのドアが開き、中に入ってきた二人。可愛い形態のままちょこちょこ歩くチョッパーに、隣の男の名前は未登録[2]。自称、笑いの伝道師。彼もこの船のお仲間。
「洗濯物干してきたんだっ。未登録[2]に手伝ってもらって」
「今日はいい天気っすからねー。ゾロも寝てたみてーだし」
「あ?寝てた?」
「うん、寝てたぞ。あったかそうだった」
「あの野郎、飯も食わねェうちに寝やがって、」
 ため息をついたサンジは、起こしてくるかと火を止めた。
「あ、あたし起こしてくる」
 未登録[1]さん、立候補。
「いいよ、座ってろ。おれが行くから」
「んーん。サンジ兄ちゃんはあたしのご飯作ってて」
「確かに。あの魔獣におれの可愛いサンジが喰われたらたまんねぇ」
「食われる?ご飯じゃなくてサンジをか?」
未登録[2]。子どものいる前で変な発言するのやめなさい」
 そんな彼らの話を背中で聞きながら、未登録[1]はラウンジのドアを開けて甲板へと向かう。

 ゾロ起こし、サンジに行かせないその理由。
 未登録[1]はサンジ大好きだから。
 そしてきっと、ゾロもサンジが大好きだから。全然わかりにくいのだけど大好きだから。この船に乗ってる奴らはみんなサンジ好きだけど、ゾロの場合ちょっと意味が違って、そんで、それと同じ意味でサンジもゾロが大好きだったりするから。と、妹は邪推する。

「サンジ兄ちゃんを渡すわけにはいかない、し」

 でもここ最近彼らの間にある空気に気づき始め、彼女の中の認識も何か変わってきた模様。それでも大好きなお兄ちゃんを渡すのは複雑極まりないらしい。


「ロロノアさん、おっはよー」
 甲板にて、惰眠を貪る男を発見。声を掛けるが起きる気配なし。そこで一言。
「サンジ兄ちゃんなら起こしに来ないよ?あたしが変わりだもん」
 その言葉で目を開けた。
「お目覚めですね」
「なんのつもりだ」
「こっちのセリフだし」
 未登録[1]はカラカラ笑って答える。
「こんな魔獣のいる場所に、みすみすサンジ兄ちゃんをよこすか。アホ」
「てめェ」
「てゆーかあ、サンジ兄ちゃんはみんなのものなのでー」
「あのな、」
「独占しようなんて甘すぎんだっ」
 寝転ぶゾロの前に仁王立ちになり、手を差し伸べた。手ェ貸してやるから早く起きやがれと、そんな態度。なんだか見たことあるミニチュア版に、ゾロは細く息を吐きながら諦め半分その手に掴まり体を起こす。

 と、

「へっ?ッ、わ、」

 バタンッ‥!

 逆に床に叩きつけるように倒した。

「イッたーっ!」
「甘ェのはどっちだ」
「うぉっ、重っ、」
「ことごとく邪魔しやがるなてめェは」
「うぎゃ、わーわーわー!」
 雄叫びと共に大音量の謝罪と笑い声。
「ゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさい!」
「あァ?許すと思ってんのか?」
「た、たんま!ゴメ…、ひゃ、うひひひ!ひぃぃ!」
 大人気ない男、ロロノア・ゾロ。馬乗りになってくすぐり開始。大人気ないというよりも、未登録[1]にはこれが一番効く。
「ぐわー!もうしませ……、!ぎゃああぁぁ!」

 すると、

「なにやってんだテメェら」
 二人の頭の上、金色の髪が揺れている。
「バカかおまえら。早く飯食え!片付かねェだろっ」
 サンジだ。頭の周りにぷんぷんとお怒りが飛んでいらっしゃる。やっべー怒られてるよーと思った未登録[1]とゾロ。しかし早く食えの裏の意味を都合よく解釈するのもこのふたり。
「冷めると美味くなくなるから早く食えって言やあいいじゃねェか」
「そうそう。そうやって優しさをこっそり隠しちゃうのよねー」
 見上げながら言う。
「ナミちゃんやお姉ちゃんにはそう言うのにさ」
「素直じゃねェな」
「ねー」

 ……………あ、

「てめェらいい加減にしろ!食わねェなら食わねェでいいっ」

 あらら、怒らせちゃった。

「う、うそ、食う食う!」
「食わねェなんて言ってねーだろ」
「いい。もう食うな」
「食べるって!あーもう!ゾロのせいだかんね!」
「あァ?てめェのせいだろ、このハゲ」
「ハゲてねーし!おまえがハゲ!デコ!マリモ!」
「あァァァ?」
「うるせェ!」
 サンジ、一喝。ピタッととまる口げんか。
「あ、あう、」
「………ちっ」
「食うのか。食わねェのか」
「食います」
「食う」
「さっさと来い」
 サンジの後ろ。ゲシゲシと互いの足を蹴りながらキッチンへ向かった。

 その様子を見ていたナミとロビン。
「仲が良いわね。パティシエさんは小姑かしら」
「違うわね。あれはお母さんを取り合う旦那と娘よ」
「あら、面白い」
「ルフィが入れば息子も加わるのにねぇ」
「船長さん?パティシエさんのお婿さんってとこかしら」
「あー、でもそうなるとサンジくんは兄の顔に戻っちゃうわね」
「ふふ。そうね」
「ま、どっちにしろそーなったところで旦那は関係ないけどね」
「不憫なお父さん」
「ん?そう言えば」
「どうかした?」
「誰か一人忘れてない?」

 誰か一人…?



「ぶぇっくし!」

 見張り台、使命を真っ当する男。処刑人と呼ばれる彼、シュライヤ・バスクード。

「………降りていいのかよ……」

 まだ団体行動には慣れていないらしい。





 今日も晴天。
 ゴーイングメリー号の家族たちは元気です。

 

 


カゾク、カイゾク。
03/12/29 ×