| Vol.309 in ASAKUSA |
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オレの惚れた女は、いい女ばかりだ。 「薬師寺」 「あァ?」 雑誌を読んでるときに、話しかけられるのは好かない。 「あんだよ」 「何だって何だ。教えねェぞ」 亀のくせに。 「あァ?」 「見えなくなるなー」 「何が」 「後ろ。じゃねーか?」 「………う、うしっ?」 首が痛くなるほど振り返る。 首が痛くなるほど振り返るのは、オレがあいつを好きだから。 「お、あ、!」 「隣の男は誰だろな〜」 「おおお、男っ?」 「いたろ」 「いたな」 「テメ、鶴」 便所から出てきた鶴。 「今見えたぜ。男が」 、満面の笑みっつーオプション付だ。そう笑ってやがる。 「あァ?誰だ?ガッコのヤツか?」 「知らね」 「同じく」 「クソッ」 オレとが出会ったのは、高校入学当時。ジョージからこっちに来ちゃったオレを優しく迎えてくれた近所の住人。の、うちで、やたら厳しい女だった。 最初は興味がなかったものの、あぁ、何だよ。オレ、あいつ好きなんじゃん。なんつー思いに気づいたのは、ここ最近の話だ。 三年近く隣に住んでて、恋心を抱くようになるとはな。 ははっ、(笑っとけ) 千秋のこととか、希恵ちゃんのこととか。そりゃもう相談しまくったオレがだ。今更お前が好きなんですと。言えると思いますか、お母さん。(何を言うか) とかなんとか考え巡らしてるうちに、あいつが男と歩いてるとは一体何事だ。 「………鶴よォ」 「んー」 「オレ何で彼女いねーかな」 「甲斐性無ェから」 「お前に聞いてねーよ、亀」 「いや、同意見だ」 「お前ら」 「失恋だな」 「見たか?の満面な笑み」 「見てねーよ。死ね。死にやがれ、テメーら」 うな垂れ。ファミレスのテーブルに頭をぶつける。 だいたい、いつもこーだ。オレの恋は実らない形式で時は進む。 千秋の時もそーだし、希恵ちゃんの時もそーだ。 だー!何でだ! 「……………お」 地味に帰って来た。あいつらにムカついて。 便所行くフリして帰って来た。コーヒー代はよろしく。 で、帰って来たらがいた。家は隣だ。だからあいつが玄関前にいれば顔をあわせる。例えそれが、男と一緒の時でも。合わせなければオレが家に入れない。ちなみに、の親父さんもいるっつーのは…。 お、親公認の仲か? 「お、薬師寺さんとこの」 「お、おう。こんちわ、おっさん」 「おう」 「何?やっくん早いね」 「まーな」 ………その男誰だ、なんて。聞けるわけない、小心者のオレ。 「誰?そいつ」 おわ、聞いちまった。実は行動派だな、オレ。 「あぁ」 「こりゃうちのせがれだ」 答えたのはおっさん。 「せがれ?」 せがれって。 「どーも。薬師寺さんちの?」 「あー、まァ」 「お兄ちゃん、今大学三年なんだけどね」 あー‥、兄ちゃんか。 その、暫く帰って来てなかった兄ちゃんを紹介され。さっきの男の正体がこいつだったってわかった時点で。オレの足は軽くなってた。 「」 「うん?」 「お兄ちゃんはいーのかよ」 そろそろ暗くなってきた夕方。オレの汚ェ部屋には、どーゆーわけかが。 「いい。彼女連れて来てるから」 「マジで?可愛い?」 「めっさ可愛い。秋田の彼女」 色白いよ〜、と。何か自分の腹を見せだした。 ………待て!(嬉しいけど) 「おま、男の前で」 「薬師寺だから平気」 それは喜んで良いのか悪いのか。 「あたし部活で黒いのにさー。羨ましい」 「そ、そんな黒くもねーだろ」 「彼女さんに比べたら黒い黒い」 「健康的っつーんじゃねーの?」 「あ、いーこと言った。やっくん」 おぉ、確かに健康的だ。それはもういいから。 「しまえよ」 「は?」 「腹」 「えー、何?欲情するって?」 面白そうに言うな、おい。好きな女の腹見て、欲情しない男なんていんのか。 オレが、狼さんになっても? 「する」 「……へ?」 「して悪ィか」 「………じゃ、しまう」 沈黙。 「………さてと」 「………?」 「姫は、帰還致す」 「か、帰んのかよ」 「……うん」 「………オレが欲情するとか言ったから」 「え、や、ち、違うけど」 図星かよ。 「だ、しょーがねーだろっ」 「はっ?しょしょ、しょーがねーって何だ」 「好きな女の腹見て欲情しねー野郎がいるか?」 『好きな女』 「………信じらんない」 「へ?」 「千秋ちゃんって娘がダメで、希恵がダメだから次はあたし?」 「は?お、おい」 「随分近いとこで手ェ打つじゃないっ」 「な、何言ってんだよ」 「お生憎だけど、あたしはそんなので靡く女じゃないから」 「そーじゃねーよ」 「今までそんな素振り見せなかったのに腹見せた途端ってのがおかしーのよ」 「だからオレはっ、……とー‥」 思わず、声レベルがマックスになってたことに気づく。 のオヤジ (隣の家) に聞こえてたらヤベーんじゃねーかってくらい。 「た、確かに、オレの恋は実らない形式だけど」 「は?何それ」 「オレから好きになって成功例はねーんだよ」 「あぁ、確かに」 「………だから、言うのはよしとこうって」 「うん」 「しかも今まで散々、千秋だ希恵ちゃんだー言ってきたわけだろ?」 「そーだね」 「お前、さっきから肯定ばっかしてんじゃねーよ」 「だって肯定するような内容だもん」 「………確かに」 何かもう、オレ、最高カッコワリィ。 「オレ、カッコワリー‥」 「全くだ」 「………あんまダメージ与えんな」 「ボロ布のようだね」 「おい」 「まァ、あたしが手厚く葬ってやるから心配すんな」 「何だそれ」 「雑巾に縫い変えて使用してやるって言ってんのよ」 「………あ?」 わかんない男だと。ため息をついた。 「再利用」 「は?」 「あ、でも一回も使われてないから、再でもないね」 それじゃ最初からボロ布なんだ。そう、カラカラ笑ってオレを見た。 わけわかんね。 オレの頭はフル回転。 それでもわかんねー。 「やだ、何で?まだわかんないの?」 「あー‥?」 わかってる。いや、わかったような気はするけど。脳が追いついてかねェんだ。 「もう、本気でバカなんだ?」 「あ、あァ?上等だぜ。バカ上等」 「あー、はいはい」 また笑う。 「わかれ」 そう言われて。頭を抱きしめられたオレは。 文字通り、頭の中が真っ白になった。 後に、彼女は語る。 『オレから好きになって、恋は実らない形式』 全くその通りだと。あたしはあんたが来たその日に、あたしの方が先に。 あんたのことを好きになったんだから、と。
彼女からのカミング・アウト
03/04/10 × |