淡く滲むアカい色

 

 

赤く染まる便器を見てると吐き気がした。生理でもないのにこんな大量の血が流れてる。嗚咽と涙が止まらない。痛みが止まらない。
だけど確実に、指先の感覚はなくなってる。





バンッ

「いつまで入ってんだよ!」
「酔っ払いか?あァ?」
「どっかの中ボ、……っ、」
息を詰まらせた。目の前の光景に顔が歪む。
「どうかした?」
「ま、政江…」
「っ、」
酷く気分の悪い光景だった。和式便器の中は真っ赤に染まり、タイルも所々赤い。倒れた女の右手には一本のカミソリ。左手に力の入る様子は見れない。
「マッポ、呼ぶ?」
「……生きてる?」
「え?」
「その子が生きてんのかってさ、聞いてる」
英子が近づけば何かブツブツと呟きが聞こえた。政江を見て頷けば、政江はそうかと小さく返す。


「清掃中だ」

一言で駅構内の西口女子トイレに、清掃中の看板が掲げられた。










「‥、」

冷たいものが顔に当たる。

「目ぇ醒めた?」

徐々に開ける視界に目を細めた。


まぶしい。



「………あ、たし……」
声を発すれば意識が鮮明に戻る。
最後に見たのは何だった?赤に埋まる便器。頭を霞が通り過ぎて、涙が出た。

「んぐ‥っ、」
「吐く?」
「……っ、」
ブンブンと首を振る。

手首が痛い。左の手首、見ればガムテープが巻かれていた。

「血は止まってる」
ガムテープの下はティッシュだから、先ほどから話しかける女がいるが、表情は冷たい。
「……誰?」
「西口のカトレア番」
「清女の制服‥」
政江は眉を潜める。

「………何で助けたの?」
「助けた?」
「もうちょっとで死ねたのに…」
「…………」
「あなたの所為であたし、死ねなかっ‥」
感情に比例して出る涙を、抑えることはできない。しかし政江は相変わらず冷めた表情だ。それがどうしたと言わんばかりの。

「死なれちゃ困る」
「‥っ、え‥?」
「こんな場所で死なれちゃ困る」
別のとこで頼むよ、それを聞いたカトレアの面子は、トイレの入り口で顔を見合わせている。少女はもう既に涙を零していて、そんな政江を睨みつけた。
「何でそんなふうに言えるの?」
「何でって?」
「死のうとする人間に、そんなこと言わないでしょう?」
「あんたとあたしは何か関係があるの?」
「……………」
「あたしに関係あるのはここのトイレだけ」
顔に当たっていた冷たいものの正体。政江の手の内にある、濡れたトイレットペーパー。
ここのトイレで面倒起こされちゃ困る、それだけ。政江の言葉には何の無駄もない。

冷たい表情に、その視線に。彼女の嗚咽は止まらなくなっていた。


「………しょうがないね……」
ボソッと、呟いたかと思えば目の前にしゃがみこむ。詰まる声の合間に、政江を覗き見た。

「あたしが殺してやるよ」
「げっ」
「ま、政江っ」
「いつまでも出てかないんなら迷惑だ」
これより深く、カミソリ入れればいいんでしょう、ぐっと左手を持ち上げる。途端走った激痛に、少女は声を上げた。
「痛いっ!離してっ!」
「ちょ、政江さんっ!」
「どーしたんだよ、政江!」
「いやぁ!痛いっ!」
「これくらいの痛みは何でもない。この先の痛さに比べればね」
「やめて!やめて!」
「死にたいんでしょう?」

痛い、助けて、離して、意識を失う寸前、指先に感覚がないと思った。
だけど今はとてつもない痛覚が襲ってる。

「死にたくない!いや!離して!」
表情は緩むことないまま、政江は手の力を緩めた。



「バカは嫌い。迷惑よ」

吐き捨てた言葉は容赦ない。





「ハンパで死のうなんて思わないことね」
「……っ、」
「あんたみたいなのが一番厄介なのよ」
人の迷惑顧みず、こんなとこで死のうとして、言葉を切って立ち上がった。
「死にたくないんでしょう?」
「……………」
「どうなの」
「死に、……たくな、い……」
彼女の服は血と水でまだら模様に濡れている。





死にたくないの、あたし死にたくない、小さくだが何度も。彼女はその言葉を呟いて立ち上がる。

「ごめ、なさ‥っ、」
嗚咽を殺し、政江の前に頭を下げた。なおも冷めた目のまま、もしかしたらこういう人種なのか。

「清女の宇賀神よ」
「……?……」
「死にたくなったらいつでもどうぞ」
初めての笑み、憎めない笑み。殺してあげるし、今みたいに生かしてあげる。そんな意味合いの含まれた笑みを向けた。
普段は見ないその笑みに、背筋を凍らせたのは周りの面子。

戸口で淡い赤のついた服を翻し、少女もまた少しだけ笑む。トイレットペーパーとガムテープで応急処置された手首を隠し、ザワザワと喧騒のする構内に消えていった。

 

 


てゆーか夢じゃないよね。マイナーだし。
04/08/15  ×