コンパクト No.1

 

 

これを恋と呼べればいいなとか思う、だって、優二くん以上はいないんだもの。
たとえそれが今、恋愛感情ではなかったとしても。


「あなたが北野さん?」
「え?」
「えいっ」
小柄な彼女は両手で思いっきり彼を突き飛ばした。
「わあ!」
「え、ちょ、」
ベタっと地面に腰を落とした男に首を傾げる。
「あーれ?」
「ちょっと!何やってんの!あんた誰なのよ!」
「あのう、北野さんですよね」
「う、うん。そうだけど」
「あれー?」
「あれじゃないのよ!何無視してんの!北野君も何和んでるのよ!」
「あ、あんまり痛くないし」
「そーいう問題じゃないでしょう!」
「やっぱり北野さんなんだ」
うん、確かに顔はちょっと恐いかもしれない、少女は失礼なことをポソッと呟き、男の顔を覗き込む。覗き込まれた男、北野誠一郎はいつものように円らな瞳でそれに応えた。円らと言っても、その目つきで何人を震え上がらせたか分からないが。

「北野さん、優二くんより強いから碧空のナンバーワンなんでしょ?」
北野は変わらぬ表情でその子を見る。隣に並ぶ良子も同じように、円らな瞳で彼女を見た。
「優二くん?」
「うん。優二くん」
「優二くんって誰のこと?」
「あ、優二くんってもしかして竹、」


「っ、‥にやってんだ!」


小さい金髪が走ってきた。同時、目の前にいた少女を羽交い絞めにする。それを見た良子の足が宙を舞い、確実に脇腹を直撃。
「ぐあっ」
「あ、」
「りょ、良子ちゃんっ」
「………条件反射で、つい……」

ガクンと地面に膝をついた金髪の男の正体は、

「優二くんっ」

竹久優二、話題の人(?)である。

「優二くん、じゃねぇだろ!てめェこんなところで何っ、」
「あぁ、やっぱり優二くんって竹久君のことだったのか」
「あのね、優二くんの言う北野さんを見に来たんだ」
「来たんだじゃねぇだろ!」
「何してんだっていうから答えただけじゃん!」
チビッコい二人が言い争う姿を、北野はおろおろ見つめ、良子はと言えば、また何か厄介ごとが降って来たわと首を垂れた。





少女の名前は
竹久優二の遠縁の親戚で、今一緒に暮らしてるという。彼女の両親共に健在だが、都合で海外出張が多く、気のいい竹久の母が引き取っているということだった。

「あのね、優二くんが北野さん北野さんってうるさいから」
「うるせーのはてめぇだ」
「ホモかってゆーほど北野さんラブなんだもん」
「アホかてめぇは!」
「優二くん、さっきからうるさい」
両手でシェイクカップを支え、ピンクでドロッとした液体を流し込む。向かいに座る北野は苦笑いして、良子も同じような表情だ。喉を動かし、それを収めたの表情は嬉しそうに緩んでいる。
「交友関係を調べとかなきゃと思って」
「こ、交友関係?」
「竹久くんの?」
「うん、そう」
「だから何でお前がそんなことしてんだよ」
「だって、あたし優二くんのお嫁さんになるじゃない?」



カポン



「……アァぁぁあアアァァァぁぁっ?!」
「女の影があったら叩き潰そうと思ったの」
でもそれより男の影だった、言って目線は北野に。見られた北野は苦笑いを解いて良子を見る。良子の目線は奇声を発した竹久に向かった。当然竹久の目は隣で『お嫁さん』発言をしたに向かっている。
「でも、北野さんとはそーゆーんじゃないってわかったし」
「当たり前ェだろうが!何考えてんだ!それより嫁ってなんだ!」
「まぁ、優二くんってそーゆーことに関しちゃダメっぽそーだし」
「人の話を聞け!ダメって何だ!」
「あぁ、確かにね。この人のそーゆー話聞いたことないわね」
「うん。僕も竹久くんのそーいった話は聞いたことないから大丈夫だと思うよ」
「北野さん!大丈夫ってなんスか!てめェも何言ってんだ!おさげ女!」
某ジャンクフード店の一角が、異様な光景に包まれていた。


それはともかくね、は一息ついてシェイクカップをテーブルに置く。
「北野さんを見に来たのは本当なの」
うーんと、首を傾げて。
「竹久くん、昔ヤな感じの恐い人だったからさ」
それは良子にも想像がついた。入学当初の彼の噂は酷いものだったから。
あたしには優しかったけどねーとが竹久に言えば、竹久は「あァ?」と声を荒げて、バリバリのメンチ切りにかかる。
「碧空のナンバーワンになるってゆってたから」
「昔のことだろ」
「うん。でも、すぐそれやめちゃってさ」
そんなことに拘らなくなっちゃったみたいで、そしたら町で北野さんの名前をよく聞くようになった。淡々と喋り続け、結露したシェイクカップを見つめる。
「一旦北野さんのこと聞いたら何でも言うようになったの。この竹ぼうき」
だから、北野さんのことがちょっと気になった。何でかわかんないけど、優二くんの好きな北野さんが気になった、は言った後、少し間を空けて笑った。
噂じゃすっごい恐い人って感じだけど、会ったらそうじゃなくって、優二くんが好きになるの分かる気がする、喋り続けて喉が渇いたのか、残り少ないシェイクを飲み干しにかかる。


「北野さん」
「うん?」
「優二くんの一番の友だちでいて下さいね」
「え?」
「北野さんと会ってから、優二くん無茶しなくなったから」
「お前なぁ…」
やっぱり北野と良子はキョトンとした顔で、二人が目を配らせれば、竹久は少し居心地の悪い顔をして窓の外を見ていた。





「すみません、北野さん」
帰り道を歩きながら、こそっと竹久が耳打ちする。
「ちょっと、ブッ飛んでるんです、あいつ」
ため息をついて、良子と笑いあいながら前方を歩くを見た。
「ううん、全然いいよ。あの子、面白い子だね」
「そう言ってもらえると助かります」
「良子ちゃんとも気が合っちゃったみたいだね」
「……そうですね」
「竹久くんのお嫁さんになる人なら、僕も仲良くしておかないと」
「か、勘弁して下さいよ」
「一番の友だちでいて下さいって頼まれたしね」
「いや、スミマセン…」
「どうして?僕は嬉しかったよ?」
「……………」
自分よりも背の小さい、威勢のいい彼に北野は言う。

「竹久くん」
「はい?」
「一番大事な人には、態度で示さないと」
「……………」
「じゃなきゃ、相手も不安になっちゃうからね」
そうですね、とも、そんなもんですかね、とも。竹久は何も言わずに、ただ北野の言葉を聞いていた。
少しずつ生まれた想いの根底にいる、一番大事な彼女をジッと見つめながら。

 

 


ヒロインの年齢設定は不詳ですので。
04/07/17  ×