夢に楽土求めたり

 

 

旅人が最期に辿りつく地。
あなたは何を求め、何処へ行くんですか?


今回の逗留は短かった、言ってしまいたい。

「こっちのも美味しいよスナフキン」
「あら、あんたそれ取りすぎじゃない!」
「そうよ、スニフ。今日はあなたの誕生日じゃないでしょう?」
「何だよ。いじゃないかっ。なぁスナフキン」
「あぁ、こっちにもあるからね」
「まぁまぁまぁ!そのタルトもーらいっ」
「ちょっとミィ!」

けど言えるわけない、だってこんな雰囲気なんだもん。自分の一言だけで場の空気を悪くするわけにはいかない、はぼんやり思いながら、目の前にあった木苺パイを口に運ぶ。甘くてすっぱくて美味しい。
本当は今日、美味しいチーズタルトでも焼いてこようかと思った。だけど自分にそんな芸当ができるわけもなく、持ってきたのは母が用意してくれたグレープジュース。それとムーミンママへのお土産、オリーブオイル。

あぁ、スナフキンにも何かお土産を持ってくればよかった。

スナフキンは明日ムーミン谷を出てしまう。もう何度目かのことだから、みんなもこんな風に騒いでられるんだ。行ってしまっても、またここを訪れるから。

だけど、思ってしまうの、最近。
スナフキンが本当に求めているのはなに?

考えたら頭が熱くなってきた。は一度深く呼吸をしてからゆっくりと腰を上げる。
「どうしたの?」
「熱い‥」
「大丈夫?」
「うん。ちょこっと外行ってくる」
「気をつけてね」
「パイ持ってく?」
「ううん、いい。……けど全部食べないでね」
特にスニフ!スニフに向かって指差せば、口を押さえてを見た。膨れた口の端には赤いジャム、木苺パイの名残り。キョロキョロと目を回すスニフに、は噴出して笑う。けたけた笑ったまま、外へと抜け出ていった。







「おぉー。今日の星は綺麗だっ」
独り言、大きすぎる独り言。

例えば、スナフキン。明日私が見る夜の星を、あなたはどこかで見ているのでしょうか。
例えば、スナフキン。明日私が触れる風に、あなたはどこかで触れているのでしょうか。

例えば、スナフキン。もし明日、私が寂しいと感じたら、あなたも同じような思いを抱いてくれるのでしょうか。

あぁ、他人同士ってどうしてこんなに上手くいかないものなのかしら。

スナフキンにはスナフキンの気持ちがあって、考えがある。私には私の気持ちがあって、考えがある。だから行かないでと言うことは憚られるし、無理矢理留めさせるのも嫌だ。
私とスナフキンがひとつだったらいいのになって。そしたらスナフキンが行きたい理由がわかるし、私が寂しがってる気持ちもわかってもらえる。

スナフキン、どこへ行くの?
スナフキン、何を求めてるの?



「まほろばって知ってるかい?」
「えっ?」
「まほろば」

ビックリした。

「スナフキン?」

聞こえてきた声の主は、今まで想っていた相手だったから。

「今日の星は綺麗だね」
「え、あ、あぁ、うん。そーだね」
ビックリしたから声が少しだけ上ずる。家から出てきて隣に並ぶ彼に、少しだけ笑顔になった。
「僕の行きたい場所はね」
「……へ?」
「知りたがってたんじゃないのかい?」
「え、や、な、何で?」
「今言ってたじゃないか」
「えぇっ、声に出てた?」
「聞こえたから。声に出てたってことだろう?」
自分の緩さに疲れが表れる。はペチペチと唇を叩いて眉間に皺を作った。そんな動作に小さく笑うスナフキンに、少しだけ視線を送る。


それで、

まほろば?


「あ、まほろば」
「あぁ、まほろば」
「まほろばって?」
「知らないのかい?」
「知らない」
僕が最期に辿り着く場所だよ、スナフキンは言った。
知りたいことを知ることはできても、それが何処を示す言葉なのか全くわからない。眉間に作った皺を深め、口先を尖らせて彼を見つめる。

「わからない」
「まほろばが?」
「うん。どこ?」
「まほろばって、言葉があるんだよ」
「言葉?」
「あぁ、まほろば」
「どんな意味なの?」
「“素晴らしい場所”」

素晴らしい場所。

周囲を山で囲まれて、実り豊かな美しい場所。人間であっても、妖精であっても、動物であっても住み良いと思える場所。
唇に草笛を当てたスナフキンは仄かな笑みを浮かべた。


「まほろば、って‥」

ねぇ、ちょっと待ってよスナフキン。
その場所って、ねぇ、それってさ、


「ムーミン谷のことでしょう?」





あたたかな春、山に芽吹く息吹。
みのりゆく秋、山に実る木の実。
夏は思いのほか暑いけど、湖での水遊びは楽しい。
冬は思いのほか寒いけど、みんなでする雪遊びは楽しい。

朝露が輝き、太陽が照り、沈む夕日が見え、夜は月が輝く。

まほろばって、そんな場所?





「あぁ、ムーミン谷だね」

あなたが最期に辿り着く場所。



「だったら、どうして旅に出るの?」
「まほろばを探してるから」
「望む場所がここなのに?」
「この素晴らしい場所を感じるために」
だから旅を続けるんだ、草笛が髪を揺らした。

彼がテントの中で毎夜みる夢。それは求め続けるまほろば。
素晴らしい場所を、彼は求めて旅に出る。
旅の終焉がこの地だということを胸に刻んで、彼は旅に出るのだ。


「ねぇ、スナフキン」
「何だい?」
「まほろばは、どんな場所?」
「とても素晴らしい場所だよ」
「食べ物は美味しい?」
「あぁ。タルトなんて特にね」
「夏は何をするの?」
「湖でボートに乗ったり」
「冬は?」
「雪が綺麗だよ」
「そう」
「あぁ」
「私にとってのまほろばも、そんな場所かな」
「きっとね」
「スナフキン」
「ん?」
「友だちははいる?」
「まほろばにかい?」
「うん。まほろばに」
「いるよ」
旅の話をして欲しいとせがむ親友、姉さん面するお喋りなあいつ、
いつも気遣ってくれる優しい女の子、大食らいだけど笑わせてくれるヤツ、

それと、

「それと?」

それと、

「僕がいなくなると、寂しくて泣いてしまうあの子」





大丈夫、きっとその子はもう泣かないよ。
あなたの求めるまほろばを知ったから。
だから、その子の寂しさが膨れてしまう前に、まほろばを感じに、訪れてあげて下さい。

 

 


タイトルに覚えのある方もいらさるのではと‥
05/03/20  ×