転がっている不思議のタネ

 

 

「ダーリン!」
声に含まれているニュアンスから言うと、また何かしらあたるくんがラムちゃんを怒らせたのだろう。きっと数秒後には放電現象が起こるに違いない。
は声のした方を見ようと、首だけ後ろに向けた。

「っ、うわ!」
「おはよう。ちゃん」
今日も可愛いねー、語尾に音符がついている。の手に頬擦りを一つ、プラス独特な笑い声。はというと、全身総毛立って嫌悪感丸出しだ。しかしあたるはめげるという言葉を知らないかのように笑顔満開。
「ダーリン!」
「それじゃ、教室でねー」
ふにふにと手を振って駈けていく彼に脱帽。空中を華麗に飛ぶ鬼っ娘は、ピロリロと音を立てて追いかけていく。途中に気づいたラムは、おはようだっちゃー!と叫んでいた。
見えなくなるまでその様子を見ていただが、曲がり角の向こうでクリアな青い光が走ったのを目にして苦笑う。

「よう、
そんなの肩を、後ろからポンと軽く叩く手。
「あ、竜ちゃん。おはよー」
同じクラスの竜之介。
未発達の男子学生に見える竜之介は、これでも女だ。これでもって言い方はおかしいかもしれない。それなりの格好をすれば、れっきとした女の子に見えるから。
「何笑ってんだ?」
「あたるくんとラムちゃんがいたんだ」
「朝っぱらからアホ諸星か」
「確かにアホっぽかったなぁ」


友引町は不思議な町です、少なくともあたしはそう思う。
幼い頃から育ってきた町なのに、いつからこんな風に思うようになったのか。
ラムちゃんは宇宙人なのに友引高校に通ってるし、空も飛べて電撃出せて、あんなあたるくんにベタ惚れだし。しのぶちゃんだって、いつからあんなに怪力になったっけ?面堂くんは昔からお金持ちだけど、あんな隠れバカじゃなかったよね。

別にラムちゃんみたいな宇宙人じゃないのに、身近には不思議な人たちが増えてしまったような気がする。それとも、今まで変に感じてなかっただけなのだろうか。何かの拍子にそう感じるようになってしまっただけなのだろうか。


「竜ちゃんもね」
「は?」
の中では話は繋がってます。友引町の不思議を友引高校の人たちの不思議と重ね、隣に並ぶ竜之介についても考えてみた結果なのだ、の頭の中では。
しかし竜之介に通じるはずもなく、竜之介に通じたのは、諸星がアホっぽかったという会話だけ。
「もってどーいうことだよ」
「だから、竜ちゃんも」
「オレも諸星と同じアホってことか?」
「は?何それ?」

ほら通じてない。

「違います。不思議なこといっぱいじゃん?」
「は?」
「だから竜ちゃんも不思議だなーって思った」
そんな説明でも、彼女の中では無事解決だ。竜之介が首を傾げていようとも、それで解決なのだ。

、」
「ん?」
「言ってる意味がいまいち」
理解できねぇんだけど、と、竜之介の口から出かけた。

しかしそれをかき消すかのような騒音、

「竜之介ぇえぇええぇ!」

騒音などと言ったら失礼か。これでもれっきとした竜之介の父親である。

「オヤジ‥」
「おじさんだ」
友引高校正門に到着したと同時にそれは聞こえた。木造三階建て校舎の食堂の窓から見た顔が竜之介を呼んでいる。毎度のように拡声器を片手に持ち、まだ使っていないのに大声だ。
「呼んでるよ?」
「ほっとけ」
「野放し傍迷惑」
「騒音だけで他に害はねぇだろ」

はぁ、と竜之介は肩を落とす。

「ちょっと待って!」
「っ、あ?」
そんな竜之介を見て、は慌てたように鞄を探った。探し当てた手元に現れたのは、何の変哲も無いビニール袋。
はへにょへにょビニール袋の口を開き、竜之介に向ける。

「どうぞっ」
「………何だこれ」
「ため息はこの中にどうぞ!」
早くしないと中のが抜けちゃう!足がバタバタしている。中の何が抜けるって?怪訝な顔の竜之介は透明ビニール袋を見つめた。固体は愚か、液体すら入っていないそれをどうしろというのか。


「あのね、今ため息集めてるんだけど」


一瞬間をおいて、


「は?」


そりゃ正しい反応の仕方だ、この時ばかりは。


「だからどうぞっ!」
「いやおめぇ、どうぞって言われても」
眉根を顰める竜之介に、は首を傾げる。あぁ、もうため息なくなっちゃったんだね、と見当違いに消沈。竜之介は竜之介で苦笑いを浮かべると、悪ィなぁと一応謝ってみた。
「次ため息出るときはよろしくね」
「お、おう。………なぁ、何でそんなもん集めてんのか聞いていいか?」
「うん。幸せ集めてんの」

奇行は誰にでもある。ラムのあれも、あたるのあれも奇行の一種だ。

「シアワセ?」
「ため息つくと幸せが逃げるでしょ?」
「そんなことも言うな」
「だからため息集めてみようと思ったの」
「集めて…」
「幸せがいっぱーい」
いい考えでしょうと笑うに、もはや竜之介は何も言えない。

靴箱で内履きに履き替えた竜之介は、教室ではなく父親のいた食堂へ向かうため、とはお別れ。大事そうにビニール袋をしまう後姿を見守った。


不思議が何だって?オレが不思議だって言ったよな、あいつ。
いまいち理解不能だったのは否めないが、そんな会話をした。
オレが今一番不思議に思うのはお前なんだけどな、竜之介は苦笑いとともにため息をひとつ零し、あ、しまったと、遠のく小さな幸せを心の中で追いかけた。

 

 


いや、声が田中さんなの。竜ちゃん…(それだけの理由で)
04/08/29  ×