沈むイソペンタン

 

 

くだらなくなんかない。あたしにとっては死活問題、超重要。

「あなたねー、さん」
保健室は遊び場じゃないのよ?厄介なのが来たってニュアンスの声。私もわかってますよ、先生。だけど、今日も綺麗ですねって言ったらいさせてくれる?
「今日は心が」
「は?」
「うぅ。心が傷つけられて‥」
「カラオケにでも行ったら?」
「友達は彼氏と帰りました」
「だったらさんも、」
「彼氏は部活です」
「鳳君の部活、見てればいいじゃないの」
「ファンに殺されます」
「今更ね」
「………彼氏が原因なので……」
「あら、そうなの」
でももう放課後だし、帰ったら?なんて言う。
そりゃああんまりじゃないですか先生、救ってよ、乙女心を!聞いてよ聞いてよ、長太郎ったらね!言っても先生は聞く耳持たない、結局大人ってそーゆー生きモンだよ。
「職務怠慢ですよ」
「雑談につき合う程暇じゃないの」
「生徒のハートの治療でしょうっ?」

バンッ‥!

おぉう‥っ!

冷たい表情で微笑み、手元のファイルが机に落とされた。いい加減にしないと頭の上に落とすわよ?目が語ってるのがわかる。

萎縮。

「あ、あの、」
「これから職員会議だから帰りなさいって言ったんだけど」
「あ、そうなんですか」
「私が戻る前に帰るなら、職員室に鍵返してね」
「えっ、いてもいいの?」
「テニスコートが見たいんでしょ?」

その通りです、先生。ここからはテニスコートが良く見える。
整備されたコート、奥にある部室、働く一年生。同じクラスの忍足も、親友(だと私が一方的に思ってる)宍戸も。可愛い後輩兼喧嘩中の彼氏、長太郎も。
よく見えるんだ、保健室は。
ちゃんは書類を持って、いつものように白衣を翻して去っていった。



ハートブレイク(傷心)の原因は彼氏です。

宍戸に話したところ、あいつは悪くねぇだろーと言ってましたが。しかもお前が一方的に怒ってるだけだと怒られた。関係ねーだろおめーよーと怒り返したところ、そんじゃあ相談なんかしてくんなと言われた。相談じゃねーよ、愚痴ってただけだよ。
保健室内をうろうろ徘徊、そしてベッドにたどり着く。

「ふぐあぁぁ」
枕に向かって声を出し、ちょこっと嫌な気分を吐き出そうと。

そうよ、確かに長太郎は悪くなんかないかもしれない。でもアレなんです、私にとっては死活問題なんです。長太郎が私のことを、未だに先輩と呼ぶことが。

『オレだって宍戸さんだぜ?』

ばっかじゃないの、宍戸。あんたなんか宍戸でいいのよ、当たり前じゃない。何であんたが長太郎に亮さんとか呼ばれなきゃなんないのよ。
先輩って、先輩って。長太郎、あたしの名前知ってんのかしら。知ってるはずよね、だって告白も長太郎からだったもの。そりゃあ私だって長太郎と仲良くなって告白させるまで色々苦労はしたけどさ。


「あー‥もう死んじゃうぞ」

悩みすぎて死んでしまいそうだ。

「し、死んじゃう?」
「えー、もう頭ン中パンクしちゃうってかん、……かん、じー‥?」

視線を動かせば、

あ、

渦中の君。

「っっ、ちょちょ、ちょた!」
「死ぬ?死ぬって、先輩、あの、」
「何でこんなとこにいんのよ!あんた部活でしょうが!」
「いや、あの、先生が、」
「は?ちゃん?職員会議でいないよ」
「そうじゃなくて、先生に、その‥」
先輩が保健室で寝てるって聞いて、長太郎は何やら青ざめていて、大丈夫?って聞いたら、何だか、何だか知らないけど、おーっきな腕が私を抱きしめてきたわけですよ。
「ちょ、長太郎さん?」
「死んじゃうってどういうことですか?病気なんですか?」
「い、いやー、死ぬって、別に今すぐ死ぬわけじゃ、」
「今すぐじゃないって‥」
「あ、違、あの、別に死なな、」
困ります、言いながら抱きしめる腕が強い。困りますって、私も困ってる状況なんですが。
「あのー、長太郎?」
「何ですか?」
「私別に病気じゃないしー、死ぬ気配もなくってー」
「だったら何で死ぬとか言うんですか」
「ちょっと悩み事があってさー」
「オレのこと怒ってる理由、入ってます?」
「ストライクです」
バって体離す。死ぬほど悩ませてるのオレなんですかって呟いて。
ヤバイ、あんたは気にする性格だった。ストライクなんて言っちゃって少し後悔。
「でも、オレ、」
「うん?」
先輩と別れるの嫌だし、」
「は?」
「男らしくないかもしれませんが、」
「長太郎?」
「嫌なとこあったら直すんで、言って下さい」
だから別れないで下さいと、あぁ、悲願に近い。いやだなぁもう、誰があんたと別れるのよ、そんなのこっちがお断りよ。

「長太郎」
「は、はいっ」
「長太郎と鳳君、どっちがいい?」
「は?」
何ですかって怪訝な顔、文字通り目を丸くしてる感じ。そんな顔もスキだって言ったら‥いいや、笑え、笑えよ、あたしは長太郎にメロメロさ。
「ね、どっち?」
「え、えーと、」
「今からもうあたし長太郎のこと鳳君って呼ぶ」
「お、鳳、‥あの、先輩?」
「鳳君が(早速だな)あたしのこと先輩って呼ぶなら、」
あたしだってずっと鳳君って呼ぶんだからね、の目は真剣。
これには鈍感な長太郎も察しがついたらしい。長太郎は困ったような仕草をすると、口ごもってを見た。

「そ、それが原因ですか?」
「そーよっ。他に何があるっ」
それ以外に長太郎に不満なんてあるわけないでしょ、と。怒ってるんだか褒めてるんだか、良く分からないけど不快は感じない。

長太郎は視線を泳がせる。


「オレは、先輩に長太郎って呼んで貰えると嬉しいです」

顔が聊か赤い。

「でも、鳳君でも構いません」
「えっ!」
「先輩に呼んで貰えるなら何だっていいんです」
「そ、そんな犬みたいな‥」
「でも、」

深呼吸、拳に力を込めたのもわかる。

がそう呼んで欲しいんだったら、そう呼んであげたい」





" "





………んんん?

ち、違う!ちょっと待って!
って、って、あの、あたしが望んだのは一歩手前のね、


「……どうかし、‥っ」

見ないで!見ないで下さい!
呼ばれた途端に顔が真っ赤になったのは、自分でもわかった。首んとこからどんどん熱くなってきて、だって今耳も熱いんだもん。
あたしが望んだのは一歩手前。呼び捨て一歩手前の呼び方なんです!
先輩とか、そーゆー‥、名前に敬称つける感じの!!!

「あの、」
「見ないで。ごめん、名前で呼んでくれなくていい」
「でも‥」
「いいの。まだ先輩でいいから」
「そうじゃなくて、」
「な、何、」
「可愛いですね」


何 で す と ?


「は、はああぁぁぁあぁっ?」
「真っ赤になって、……って呼んだからですか?」
「‥ぐ、違、‥なんて呼ばないでよ」
「どうしてですか?そうして欲しいんでしょう?」
「何その言い方、そ、そうして欲しいって!あ、あんたね、」
ぐがっと首を上げて長太郎を見た、ら、肩を震わせて笑いをこらえてる感じで。
何か嫌だ、嫌なものがフラッシュバックする、見たことあるぞ、こんな‥

忍足侑士の姿を!

「じょ、冗談ですよ、冗談‥っ」

そうだ、三年間同じクラスの忍足、あいつのこんな笑い方を良く見る。ヤツのターゲット(主にガックン)が罠に嵌った時とか、人(主にガックン)を陥れた後のヤツの笑い方。何でそんなのと長太郎が重なるの?嫌だ‥、何か物凄く嫌だ‥。
ってゆーかまだ笑ってるし!

「長太郎!」
「は、はいっ?」
「その笑い方嫌い!」
「あ、すみません、いや、オレは先輩の可愛い顔好きですけど」
「は?かかか、関係ないし!」
、って呼ばれるの弱いんですか?」
「知らないし!」
弱いんですかって弱いんですかって、‥弱いっつーの!
‥」
「!」
「……先輩」
「(絶対遊んでる、絶対こいつ遊んでる!)」

真っ赤な顔をした、したり笑顔の長太郎。
なかなか見ることのできない二人を前に、中に入ってもいいものか悩む保健医が廊下でため息をついていたとか。

 

 


灰色の長太郎が急に書きたくなった。
04/05/16  ×