| Fun's better,isn't it? (8) |
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「飯は」 「た、食べました」 空気が揺れるくらいの低い声を落とす。今までこんな風に恐い四之宮さんは見たことない。 自分がここに訪れた数日前と、どこも変わっていない部屋。だけどもしあの女の人が、この男とこの場所で、何らかの関係を持っていたとしたら。 あぁ、考えが後ろ向きになる。 沈黙に耐えられなくなるけど、何かを話せるわけじゃない。いらない動作が多くなる。無駄に部屋をうろついたり、暖房見てみたり。だけどそんな動作は、小さなジッポ音で止まる。 カチッ‥ 「っ、」 思わず固まってしまった。 目の端に火が映り、慣れた煙草の匂いがする。四之宮は座ったまま、ゆっくりと煙草を味わっているようで、瞳は自分を見ているんだと、わかるのは必至。 その視線が痛くて痛くて。俯いた時、声が届いた。 「この状態を続けるつもりか?」 「………この、」 「オレはそんなつもりはない」 「………」 「」 「な、何、」 「こっち向け」 あなたの方を向いても、あなたの顔は見れない。ネクタイを緩める動作はわかっても、表情はわからない。しっかりと見ることができない。目に映ってるって感じで、あぁ、苦しいの。怒っている大人の男が恐いなんて、口にも出せない。 「オレはお前に悪いと思うようなことはしてない」 「え?」 「お前を裏切るようなこともしたつもりはない」 「………何、それ、」 「涼子と何かあったわけでもないし、」 「………」 「お前と会えなかったのは仕事だ」 四之宮は言う。だからお前の怒ってる理由をオレに言えと。その口調は強い。 「自分は、何も……悪くない、って?」 この男は、あたしにそう言っているのか。あたしが怒ってる理由について、何ら心当たりはない。彼はそう言ってる。 嫌だ、ねぇ。どうしてわかってくれないの? あたしが苦しい理由、何でわかってくれないの? 四之宮さんならわかってくれるはずじゃない。 あたしのことなんて、何でもわかるはずだって、あたし、そう思った。 「四之宮、さん‥、もう、」 もう、 「あたし、の、こと‥、ウザくなった?」 ほらまた、考えは前を向かない。 「あ?」 「ウザいでしょ?わかってる、あたし、」 「お前な、」 「いいよもう。あたし、四之宮さんの邪魔になってる」 「」 「だって、自分で自分がウザイもん」 「」 「何考えても嫌な方にしか考えられないの、」 嫌だ、苦しい、あたしだって、あたしは何も悪くないって、四之宮さんと同じこと思ってるんだもん。 は涙声で、鼻の辺りが久しぶりの痛み。この間から、涙は枯れてしまったかのように流れることはなかった。四之宮のことを考え、首の辺りが苦しい感覚に襲われても涙が流れることはなくて。 この想いを解消する方法が見当たらなかった。 「」 「………っ、」 「口があるんだから言え」 「だ、……ッ、て…」 「お前のことが何でもわかるほど、オレは凄い男じゃない」 低い声が恐くて、涙が出てしまう。 「だったらあたしだって、」 あなたは言った。 『凄い男じゃない』 だったら、ねぇ、あたしも、 「あたし、大人の女じゃないよ」 あたしは大人じゃない。面倒くさい、まだまだ子どもの女なの。 「大人?」 四之宮の表情が変わる。それはの瞳から溢れ出た涙の所為だけじゃなく、きっと、その言葉の意味を理解しようという感情。 「四之宮さんが他の綺麗な女の人といて冷静でいられるほど大人じゃない」 二人でいるだけなら浮気じゃない、そんな風に言えるほど、あたしは大人じゃありません。浮気じゃないかもしれないけど、勘繰ってしまうんだ。大好きなあなたのことだから。愛しい男の一挙手一動足、そこまで好きだから。 でも思うの、みんなそうなんじゃないかって。好きな男のこと、気にならない女なんていないでしょ?そこで我慢する女の人って凄いよ。でもあたしにはそれができない、嫉妬で死んでしまいそうになる。 「我慢、できないんだもん」 「我慢?」 「何もないなんて、思うこともできなくて、」 「信じてるんだろ?」 「でも、恐いよ。あたしよりいい女なんていっぱいいるし、」 あたしはいつ、四之宮さんに飽きられるか考える、もしそうなったらあたしは四之宮さんを引き止める術なんか知らない、だんだんと声が大きくなり、これじゃヒステリーな女だと、半ば笑いたくなる。 「恐いよ、それだけなの、あたしっ、」 あたしね、 「四之宮さんを失うことが、恐い、」 ただそれだけ。 喧嘩することより、あの人との仲を勘繰ることより、あたしが恐れるのは、あなたがいつ、あたしの前から消えてしまうのか。 今回、それを痛いほど考えた。 心地いい。ここ数日忘れていた、温もり。 あなたの手はこんなに大きかったかと、少し記憶を探した。 「………っ、」 「ん?」 「離して、」 「何で」 「やだ‥」 ずるいと思う。この手に包まれたら、何もできないんだもの。 きっと、さっきみたいに言うこともできない。 「お前のことはわかってるつもりだったよ」 「……あたしのこと?」 「矛盾してた。わかってるつもりだったけど、結局お前が言わないとわからないこともある」 「………」 あたしは‥?あたしは四之宮さんならあたしのこと、全部わかってくれるって勝手に思ってた。何を言わなくても側にいるだけでわかってくれる。彼はそんな大人な男なんだと、勝手に思ってた。 「あたし、」 「ん?」 「全部わかってもらえるって、そう‥思ってた」 「オレはお前が思うほど凄くないって言っただろ?」 「………言わなきゃ、知ってもらえない気持ちもあるんだね」 「そっちの方が多い」 だから口があるんだ。気持ちを伝えるために、そのために言葉がある。 「好きだから、不安なんだ、あたし‥」 あの日言えなかった言葉が口をついた。 「それを声に出さないのが、大人だと思ってて」 「………」 「でもあたしにはそれができない、から。……不安で、苦しいから、」 「………あぁ」 確かに、自分には過去に何人か相手がいて。だけどこんな風に感情を露にする相手はいなかった。自分の感情に楽な遊びを楽しんだ。そもそも、こんなことを言わない大人な相手を選んできてて。面倒、お前みたいな相手は初めてだ。 「お前は面倒だな」 「……」 「でもオレは、」 それが嫌じゃない、そう続け、そっと髪を梳く。そして、悪かったと聞き取るのが精一杯な声を零した。 「謝んないでよ」 「あ?」 「四之宮さんが謝ったら、あたしも謝らなきゃ。……ごめんなさい」 のそれに四之宮は微笑み、頬を軽くつねる。 「痛い」 「反省しろ。変な勘ぐりすんじゃねーよ」 「だって、」 「お前がいらなかったら、態々連れてこない」 「………」 「言っただろ、最初に、」 最初に。 「興味ないことにも煩わしいことにも関わりたくない」 あの日のことが鮮明に、頭の中に思い出された。 「だけど、お前は別」 あぁ、もう、今ならあなたの目を見ることができる。 持ち上げられた顎の所為で瞳がかち合い、視線のぶつかりに合わせて、小さく唇が触れた。蕩けそうなほどに甘い口づけ。挿し込まれる舌が、口内で滑り拠る。 何度も何度も、小さく繰り返されるその行為で、不安が消えていった。 四之宮さん、あたしこんなに、あなたが好きです。 「……ん、」 「、」 「ん?」 「柚子の味」 「柚子?……あー‥、アイス食べた」 「いつも甘いな」 「四之宮さん、いつも煙草の味」 ジタンの独特なあの味は、あなたの味だと覚えてしまった。 「他にどんな味知ってる?」 「知らない。この味しか知らないよ。四之宮さんと違って」 「オレも、」 「へ?」 「もうこの味以外はいらない」 「………鳥肌立つ」 「あァ?」 「普通言わないよ。恥ずかしい」 そんな言葉、恥ずかしくて鳥肌立つよ。幸せだと思ってしまう自分にも、鳥肌モンだ。 「普通か」 「四之宮さん?」 「お姫様抱っこでもしようか?」 「は?‥っ、うわっ」 頭が振れた感じ。視界に入っていたものが、違うものに変わる。 「し、四之宮さん?」 「普通はこんなことしねェだろ?」 「ふ、普通、って、」 「連れてっていいか?」 「え?な、何、どこ、」 「ベッド」 四之宮さん、あたしこんなに、あなたが好きです。
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