Fun's better,isn't it? (7)

 

 

高級料亭ではない。この紳士にしたら高級料亭の部類には入らないのだということは、男の振る舞いで理解した。しかし、にしたらこんな日本庭園のような料亭に入るのは初めてで、四之宮とさえも、こんな場所に来たことはない。
崩して良いのかわからない足を交差させ、制服という見事にミスマッチな格好のまま、正座をした。

「こういう所は苦手かな?」
「え、あ、やー‥、な、慣れないなーって」
「そうか」
「おじさん、いつもこーゆーところに来てるの?」
「いや?今日はお嬢さんと一緒だからね」
その誘い文句みたいなのが自然に聞こえる。50代半ばのその紳士の言葉に、は小さく笑いながら、おじさん奥さんが泣くからそーゆーことあんまり言うもんじゃないよと。
「おじさんは独身だよ」
「え、そーなの?」
「あぁ」
「何で?おじさんなら誰とでも結婚できそうなのに」
「誰とでも?」
「えーと、変な意味じゃなくて」
おじさん、何かそんな雰囲気があるの、は運ばれてきた料理に目を奪われながらも言葉を紡ぐ。どんな女でも落とせそうな感じだと。
「この年で、そうもしてられんからな」
「えー、年とか関係ないじゃん」
「そうか?」
「うん。好きな人できたらそーゆーの関係ないと思う」
「じゃあ、お嬢さん」
ってゆーの」
ちゃん」
「ん?」
「おじさんと結婚するか?」
突然の言葉には顔を上げ、怪訝な顔で、紳士の瞳を覗いてみた。
「どうだ?」
「あー‥、うん?……おじさんねー」
「何だ?」
「あたしの好きな人に似てるのよ」
上等な箸を手に納め、食べていい?目で訴えると、紳士は面白そうに口端を上げて頷く。

「好きな人?」
「今喧嘩してんだけどさ、おじさん似てるよー」
「どの辺りが?」
「んとね、笑った顔とかも似てるんだけどさ、雰囲気、かな」
「雰囲気?」
「強引な感じ。有無を言わさない感じ」
あたしいっつもいいように扱われて大変なの、は苦笑って言う。でも、凄くあたしを大切にしてくれてるのはわかるんだと付け足して。
「その人、あたしより全然年上で」
「ほお」
「あ、でもおじさんよりは年下だよ。まだ32歳だし」
「女子高生の君とじゃ、離れすぎてないか?」
「んまーねー。話し合わなくて時々、はぁ?とか思うけど」
「だろうな」
「でも、知らなかったこと知れるんだよ」
知識が増えてくって感じ、あたしには必要ない知識もいっぱいだけど、だから言ったじゃん、おじさん、好きな人ができたらさ、年とか関係ないんだよ。あたしは自分でそれを体験してるからわかる。の言葉は真っ直ぐで、お刺身を頬張りながらもその言葉は真意。


「さっき」
「うん?」
「喧嘩してると言ったね」
「あー‥そりゃねー。喧嘩もあるわー」
好きな人とは喧嘩しなきゃ、は俯いて、好きな人だから気になることがある、好きな人だから変な方向に考えてしまう。
「たかが煙草、されど煙草、」
「煙草?」
「おじさん煙草吸う?」
「あぁ」
「マルボロ?」
「いや?」

マルボロ、昔四之宮さんは吸ってたんだと、あの女の人伝にわかった。
そして隠れた言葉の意味を、四之宮さんはあの人に教えたんだ。

「おじさん」
「ん?」
「食べないと」
「あ、あぁ」
苦笑いを浮かべ、促された食事に手をつけた。美味いと思ったのは久しぶりだ、男は思う。目の前の少女が、至極美味しそうに食べるものだからそう感じるのかもしれないと。いや、実際この料理は美味いのだが、何だかこの少女の雰囲気が、穏やかにするのだと感じた。



「大人の男はさ、経験豊富なんだよね」
おじさんも結婚はしてないけど、女の人と遊んだでしょ?の言葉に目を開き、それはどーかな、そう答える。
「だっておじさんなら女が放っとかないよ。絶対」
「まぁ、……それほどにね」
「やっぱり。あたしの好きな人もね、きっと色んな過去があんだよね」
「男はね、」
「ん?」
「過去を詮索されるのを嫌うよ」
「そうなの?」
「あぁ。今を見て欲しいんだ」
「………そっかー‥」

今はお前、そう言われたことを少女は思い出した。

























「あ、そこの信号右で」

喧嘩してから会っていないあの男に似た人。そりゃあ少しときめいてしまったことは否めない。あぁ、学校の友だちに言われた言葉が蘇る、

『オジサマキラー』

違うのよ、違うのよ。だってこの人似てるんだもん。あたしの好きなあの人に。大好きな大好きなあの人にね。喧嘩しても、やっぱりあたしはあの人を想ってる。


「あ、あのー‥」
「ん?」
「ありがとうございました、本当」
「言っただろう?バス代のお礼だ」
お礼にしちゃ凄すぎた。あんな料亭でお刺身とかしゃぶしゃぶみたいな鍋とか。
こんな出会いも、あの男との出会いを思い出させる。

「あ」

あ。

「あの、名前」
「名前?」
「おじさんの名前、聞いてなかった」
言うと、紳士は含み笑いをひとつ。その口から名前のようなものを発されることはなく、車の中は沈黙。確か四之宮さんの時もそんな感じだった気がした。

ちゃん」
「あ、はい」
「おじさんはね、キャメルを吸ってる」
「へ?」
「煙草だよ、煙草」
「あ、あぁ、はい」
すっと胸元から出されたそれは煙草の箱。シガレットケースに入ってるわけでもないただの煙草の箱。ラクダのイラストが描かれた煙草の箱。

キャメル。

「たかが煙草、されど煙草、」
「?」
「きっと、たかが煙草だよ」
「あの?」
「松田優作って俳優を知ってるかな」
「あー、探偵物語?」
「この煙草は彼が吸っていたんだ、ドラマの中でね」
「へ?」
「おじさんはそんな単純な理由だよ」
だから君と彼の喧嘩の理由の煙草も、たかが煙草になり得るさ、小さく笑い顔を上げた。

同時に車が止まる。

「着いたかな」
「え?あ、あ、うちだ‥」
いつの間にか家の前まで来ていて、運転手がドアを開けてくれた。

「あ、ありがとうございます、……あ、えっと、」
車から出ると、ふいと後ろを振り向いたは紳士を見る。
「あの、」
「またね」
「へ?」
「オレとちゃんはまた会えるよ」
まるでそれは確定した未来だとでも言うように、男は頭を小さく下げて笑った。
運転手の手によってそのドアが閉められ、は車を見送る。






『また会えるよ』

ともすれば、口説き文句とも取れるそのフレーズが、頭の中で繰り返された。
もしかしたら、あの手の男に弱いのかもしれない。感覚で言えば、他を蹴落とす気質を纏っている。強かという単語が似合う、そんなタイプの男。自分はそんな男に弱いのかもしれないと、小さく溜息を零し、は玄関へと歩いた。

鞄の中から鍵を探す。


似てるよ、やっぱり。あのおじさんと四之宮さんはどこか似てるんだ。
だから、そうかもって思える。
四之宮さんの過去は、今のあたしには 『たかが』 なものかもしれないと。

そんなことを考えながら鍵を手にしたその時、




「?」

微かなブレーキ音に気づき、振り返った。

「……あ、」

「し、しのみ、」
「乗れ」
「へ?」
「乗れよ」
「な、何で‥」
「いいから乗れ」
運転席から顔を出した男は、やけに威圧的で逆らえない、そんな空気を醸し出す。
黙ったの足は本人の意図とは反するように、その車に近づいた。

 

 

 

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04/02/28