Fun's better,isn't it? (5)

 

 

豪快な音を立て、扉が開く。
この部屋にそぐわないその大きな音は、部屋の主である男の気分を不快にさせた。しかし彼が何かを言う前に、入ってきた男が冷たい声で言い放つ。
「伯父貴、何のつもりだ」
社長室全体に響くその低い冷たい声は、社長であり、部屋の主である男の耳を少しだけ震わせた。
「限度ってモンを知らないのか?」
「それはこっちの台詞だ、浩太」
「何だと?」
「高校生ってのは若すぎるだろ」

経緯はこうだ。
あの夜、に言われたストーカーという言葉が頭から離れなかった浩太は、知り合いの弁護士を通じた興信所の社員に依頼を。の周囲に何か不審なことがあるようならそれを見つけてほしい。届いた報告書には、別の興信事務所の名前が記入されていた。それは聞き覚えのある、そう、会社と直属契約の弁護士が紹介する興信所の名前だった。
ストーカー疑惑はただの疑惑であり、初めからにストーカーなど存在しなかったということで思わず胸を撫で下ろした浩太は、何故その興信所がを調べていたのかという事実に対し一つの結論にたどり着いた。
会社直の興信事務所。これを利用し、を調べ上げようとする人物など、一人しかいない。浩太に見合いを勧めた張本人。


「人のプライベートを調べるってのは頂けねェな」
「お前は将来、この会社を継ぐ人間だ」
「そりゃあ伯父貴が勝手に言ってるだけだろ」
「いいや。重役の中でも過半数以上が賛成してることだ」
「反対派もいる、……とにかく会社のことはオレには関係ない」
あんたがどうして、を調べまわってるかってことだ。机に肘を付き、据わった目で和生を見据える。元来彼のこういった目に睨まれた輩は縮こまってしまうところだが、彼と同じ血を持っている和生は、そうはいかない。
威厳ある態度で椅子に背を預け、眉を顰めて浩太を一瞥した。

「四之宮グループの重役が援助交際をしてるなんて記事が出てみろ」
「援助じゃねェからその心配はないな」
「お前がそう思っていても、世間から見れば違う」
遊ぶなら少しは考えろ、重い声が浩太に届く。



高校生と遊ぶのもたまにはいいかと、最初はそう思ったのかもしれない。いや、最初の目的はもっと酷いものだった。援助交際をしてる女子高生を捕まえるという、そんな目的で。しかし、自分の前に現れた女は想像していた女子高生とは少し違った。思っていた女子高生像とは少し違ったものがあった。
教えられたんだ。外見だけでその人間を判断するなと、思い込みだけで一人の人間を判断するなと。実際、彼女の友人もそうだ。
例えばあの時、オレの前に現れたのがお前ではなかったとしたら、今こんな風に考える自分は存在すらしていない。

オレの前に現れた女子高生は、世間知らずで、背伸びをしようとしてるガキだった。
オレの前に現れた女子高生は、妙なとこが博識で、少女のような女だった。

強くて壊れやすい、そんなヤツだ。



「伯父貴、」
四之宮浩太は自嘲気味に笑い、まるで結論に達したとでもいうように顔を上げる。
「32歳で今更女子高生とただ遊ぶつもりはねェよ」
小さく頭を下げて背を向けた。
四之宮和生は、その後ろ姿を細めた目で追い、扉の閉まる音を、ただ聞いていた。




















「そこの道は通れないのか?」
「市営バス専用の道路なんです」
四之宮和生は黒塗りの車の中で苛立ちを隠さずにいた。
今朝、何年来の友人が倒れたと自宅に知らせが入った。会社でいくつかの会議に顔を出し、やっと時間ができた頃には、もう時計は三時を過ぎていた。
「くそっ」
小さく罵る。渋滞に嵌ってしまった車をどうにかすることなど、いくら彼でもできることじゃない。
友人の細かい症状は聞いていない。電話でどうなのかと、家族や病院に問い合わせることもできるのだろうが、彼もそんな冷徹な男ではないのだ。
「市営バスか‥」
「はい」
「あのバスは総合病院を通るのか?」
「はい。ここから駅に向かいますが、中間に総合病院のバス停が、」
「………わかった」
「は?」
「歩いていく」
「え、ちょ、社長っ!」
運転席の男が止める間もなく、和生は車の外へ出た。のろのろと動いてる車を放っておくことはできず、運転手は、ただ彼の気まぐれに溜息をつく。


数分後。和生はその市営バスに乗っていた。自分が若い頃に利用していたバスとはどこか勝手が違い、少々落ち着かなくなるのは否めない。
昔は自分もよくこういったバスや電車などを利用していたものだ。それがいつからだったか、大勢の中にいるということは少なくなった。会社を経営していれば、大きなパーティに出席したり多くの社員の前に出たり、しかしそれとはどこか違うのだ、このレトロな雰囲気は。
話し声もアクセントが違ったり、大人や子どもの声もする。あぁ、久しく忘れていた感覚だと、感慨にふける。

『次は総合病院前、総合病院前、お降りの方はお手近のブザーでお知らせ下さい』

アナウンスに頭を上げた和生は、手近のブザーに目を向けた。それにはもうランプが点灯しており、同じ場所で降りるであろう人間がいることを知らせている。

バスは白い大きな建物の前で止まった。外に設置された看板には、『総合病院前』 と記されている。
自分の他にも何人か降りるらしく、その降りようとする人間の列に加わった。
しかし、財布を出した途端、小さな過ちに気づく。小銭を持ち合わせていない。千円も出さずに解決する金額の負担であるにも関わらず、その千円すら持っていない。万札とカードしか入っていない己の財布を呪った。
案の定、大きな金しかないというと、困りますと返された。後ろにはまだ人が数人並んでいる。千円札を両替する機械はあるのだが、万札となると無理だという。和生は顔を顰め、千円が入っていないか、もう一度財布を覗いた。


すると、


「いいよ。おじさん、行って」
後ろから背中を押す手があった。段差まで降りて振り返ると、そこには制服を着た高校生の姿。彼女は財布から小銭を出し精算を済ますと、今度は千円札を一枚出して両替を。そしてもう一度精算した。


「あんたねー。見ず知らずの人のー、」
「だってつっかえてんじゃん」
友だちと思しき女子高生がその後ろをついて降りた。
「君、」
病院の前、バスから降りたその少女に和生は息を詰まらせる。
「あ、いいよオジサン。もし病院の中で会ったら、そん時返してね」
その少女は恩着せがましい態度など持たず、ただ笑って。もう一人の少女の腕を掴むと足早に院内に消えていった。


「………まさか、」


まさかとは思った。しかし、よく似ていた。
ここ数週間、興信所を雇って色々調べていた写真の少女。
自分の甥に騙されている、若しくは女子高生の餌食になっていると、悪い方向にばかり向いていた頭を修正する機会を、この時、男は得た。

 

 

 

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04/02/20