| Fun's better,isn't it? (4) |
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余所余所しいのはあたしの方だ。いやに落ち着かないなと四之宮さんに言われて、確かに落ち着いていないと思った。 雑誌で有名なパスタ専門のお店へ連れてきてもらった。見つけたとき、今度連れてきてもらおうとチェックしておいた店。 だけど、味なんて楽しめるはずもない。 「何かあったのか?」 えぇ、ありました。昨日あなた、綺麗な女の人と一緒にマンションから出てきましたよね。あの人、誰なんですか?もしかしてお見合い相手?そーじゃなかったら誰?てゆーか、お見合いはどーなったの。 ………そんなこと、聞けるはずもないじゃない。 「何もないけどー」 無心にボロネーゼを巻き上げる。モッツァレラチーズなんて、どこに入ってるのよ。 「そうか?」 「うん」 会えなかったから寂しかっただけだと。微妙な本音が口をついた。不安で心配だったと、言ってしまえたら楽なんだけど。 「あんまり」 「へ?」 「ガキみたいなこと言ってんじゃねェよ」 「うわ。ムカつく」 「可愛いけどな」 「……………」 サラッと言わないで。もやもやしてたのが吹き飛んじゃうじゃない。顔がニヤケてくるでしょ。それはそれでいいかもしれないけど、四之宮さんと別れた後、またぶり返すようなもやもやなんだ。でも、顔が笑うのは止められない。 嬉しくて嬉しくて嬉しくて。 「浩太?」 背筋が凍るように寒くなった。 夕暮れの中で、少ししか目にしてないけど。シルエットくらいしか、目に留めてないと思ったけど。すぐにわかった。 「涼子?」 顔を上げることができないのは何でだろう。おかしいよ、あたし不自然。自分がどんな顔してるのか鏡を見たい。鏡見たなら冷静になって、笑顔を作れるかもしれない。 「随分、若い子といるのね」 「………まァな」 「宗旨替え?」 初めて顔を上げた。まともに、その女の人を見た。言い表せないくらいの美人で、だけどか弱そうではない。男をとり込みそうな、女の目から見てもいい女の部類だ。 「こんばんは」 「あ、こん、ばんは‥」 「お守も大変ね」 お守、そんな風に見えてるのだろうか。の頬は、赤みを失う。 「でもまァ、浩太も隅におけないってことかしら」 ふふっと笑う涼子は、お邪魔してごめんなさい、に言った。は無言で笑顔を作り首を振る。それが今の状態の彼女にできる精一杯。 「この間はご馳走様」 「こ、の間?」 「あぁ、彼に昼食をご馳走になったの」 「」 「へ?」 「見合い相手」 「………あ、そ、そう……」 「次は私に奢らせなさいよ?浩太」 細い指先が浩太の肩にかかり、それを浩太は気にも留めない。極当たり前のことのように。そして、涼子はを見、上品に笑った。 「……あら、」 ふと、彼女の目が吸い寄せられたのは、テーブルに置いてあるシガレットケース。中身が少しばかり見えてるそれを手に取り、煙草を一本。 「マルボロじゃないのね」 「ん?」 「昔はマルボロ吸ってたわよね」 「あァ‥」 「Man always remember love because of romance only」 「それ、」 「男は真実の愛を見つけるために恋をしている、だったかしら」 浩太が教えてくれたのよね。そして、手にした煙草を口にくわえ、またね、と。ニッコリ笑って背を向けた。 頬の赤みを失った彼女はそれでも気丈に、目の前のデザートに目を向ける。 思ったことはひとつ。 思い出した言葉もひとつ。 『見も知らない見合い相手なんかに興味ねェよ』 昔の四之宮浩太を知っていたあのお見合い相手は、彼の知らない人間ではなかった。そしてきっと、ただの知り合いってだけでもない。 絶えられない空気を作ってしまったのはあたしだけど、何か喋れって方が無理な話だ。 もう家も近いだろうという今、互いに一言も交わさない。いや、それには少しだけ語弊が。四之宮が何を問いかけても、は頷いたり短く答えるだけで、話を続けようという努力をしなかった。 頭の中は、涼子という女のことでいっぱいだ。 「」 「……ん」 具合でも悪いのか、そんな四之宮の言葉に何故か苛立ちを覚えはゆっくりと言葉を紡ぐ。 「四之宮さんは、」 「ん?」 「あたしのことなんて、何にもわかってない」 「あ?」 「どうして、……あたし、具合なんて悪くないのに」 「口数が少ないからそう思っただけだろ」 自分の中で何も整理できてないのだ。そしてそれと同時に、どうしてこの人は自分の言いたいことを理解してくれないのかと言い知れない苛立ちが襲う。 冷静に考えれば、彼は自分を心配してくれただけで、気づかってくれただけで。不快感だけを露にし、肝心なことを言おうとしない自分がいけないのだと、そんなことに気づく余裕すらなかった。 「別にいいし」 「何がだよ」 「別に」 「別にじゃわかんねーよ」 「言わなくてもいいじゃん」 「、」 「言ったってわかってくれないなら意味ない」 は小さな鞄を膝の上で握り締め、流れる窓の外の景色に目を向けた。見慣れた景色が続き、そろそろ家にも近づいてるらしい。できることなら早くこの車から、この空間から抜け出したい。 しかし、それを破る声を予想していなかったといったら嘘になる。 「言えよ」 「だからいいって言って、」 「お前がよくてもオレが苛つくんだよ」 何かおかしかった。今日どっかおかしかったんだ。 きっと、神経が不安定だった。こんなことは望んでなかったのに。 「お見合い相手が昔の知り合いだなんて言わなかった」 「オレだって会うまで知らなかった」 「何で言ってくれなかったの?」 「見合いしてから、お前と会うのは今日が最初だろ」 「電話で言ってくれてもいいじゃん!」 「態々電話してまで言うようなことか?」 それにお前は、心配するけど心配しないで、そう言っただろ、四之宮は車を止める。いつの間にか見覚えのある家の前、──‥の家の前まで着いていた。 「だって、そんな、……あんなにキレイな人だし、知ってる人だし、」 四之宮さんが好きだから不安なんだと、言ってしまえたら楽だったのに。 「内緒にしてるみたい、あの人とお見合いしたこと」 「、」 「何かやましいことでもあったりすんじゃん?」 「今はお前なんだから言う必要もねェだろ」 「言ってくれても、」 え? 「………今は、お前?」 時制を表す言葉、『今』は。 じゃあ、『昔』 は? 「今、って、何?」 「あ?」 「今は、あたし?……もしかして、あの人、」 過去があって今は存在し、今があって未来は存在する。 「昔の‥?」 「昔の、……昔の話だ」 心配の域をザックリと超えた。 心配どころかこれは、嫉妬。 「何、……できすぎ、お見合い相手が昔の恋人ってさ、」 易いドラマみたいなシナリオに、の思考は止まる。同時に動きも止まり、下を見たままの目は何を見ているのか。自分でも何を見ているのか判別ができず、何を考えているのかさえわからない。 「、それだけの話だ」 「それだけ?」 「ただそれだけの話だろ?あいつとはもう関係はない」 「……嘘」 「嘘じゃねェ。ただの見合い相手、互いに進展のしようもない」 「………」 「昔の話を引き合いに、」 「じゃあ、何で二人でマンションから出てきたの?」 「……何?」 「出てきたじゃない。何で関係ないのに、マンションから出てきたの?」 「お前、それ、」 「あたしとは会えなかったのに、あの人とは会ってたんでしょ?」 自分とは会えなかったあの数日間を彼はどんな風に過ごしたのか。昔恋人だったっていうあの人が、四之宮の隣で笑っていたのだろうか。勘繰りせずにはいられない。勘繰りというか、既に決めかかっているのだろうと自分でも思う。 モヤモヤが広がる。 「何も知らないでしょう?」 「あ?」 「あたしがこの一週間をどーやって過ごしてたかなんて知らないでしょう?」 涙出そう、でも出したくない。絶対泣かない。 「あたしにストーカーいるのだって知らないじゃない」 「ストーカー?」 「あたしのこと、何もわかろうとしてくれないくせに、」 「おい、ストーカーって何の話だ?」 「一緒にいれば気づいてくれたことだよ。一緒にいればあたしだって話せた」 「ちょっと待て、」 「だけど四之宮さんはあの人とずっと一緒にいたじゃない!」 は車のドアを開け、送ってくれてありがとうございました、サヨウナラ、出そうになる涙を堪えながら車の外に飛び出した。 四之宮が何を言おうも、その後を追いかけようも、は聞かずの体勢で、下を向いたまま、明かりのついていない家に入って鍵を掛けた。
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