| 強かな男に捧げましょう |
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例えば、頭の痛くなるような重役会議に出るとき。彼の案は決まって否定される。頭の固い、保守派の人間たちに。 「しかしそれでは我が社の面目が」 「何もそんな危ない橋を渡らなくても」 「社員のリストラで乗り切る方が安全かと、」 「リストラで会社の傾きが救えるとでも?」 ダークスーツに白のシャツ、ダークブラウンのネクタイ。頭の横でペンを回しながら、目の前の人間を見据えた。 「会社の傾きとは、」 「また、……大げさに言いますね」 「確かに。今は大げさに聞こえるだろうが、時期が来ればそうは言ってられませんよ」 「そのために人員縮小を考えるんじゃないか」 「だからそれがエゴだと言ってるんです」 何なら、そのリストの中にあなた方の名前を加えてみましょうか?カツン、とペンを机に置く。そんな彼の表情を読み取ろうとするかのように、重役職員達は咳払いを。 「四之宮君」 名前を呼んだ声は低く、少ししゃがれていて。四之宮浩太は自分の名前を呼んだ主に視線を向けた。 「言いすぎだ」 黒い皮の椅子に深く腰を掛けた男は、四之宮を諌める。そしてチラリと腕時計をに目をやり、そろそろ昼時だと、会議の中断を告げた。 「浩太」 会議室を出ようとした四之宮を止めたのは先ほどの声。四之宮は足を止め、振り返る。 「何ですか?」 「お前の物言いは、相手を逆なでするだけだぞ?」 男は椅子から腰を浮かせて立ち上がった。 「どちらへ?」 「オレも昼飯だ。可愛い女の子とな」 「……伯父貴」 「冗談だ」 そんなに若くないと苦笑う。しかし実年齢より若く見えるそれは、五十代後半とは思えない。 「たまには一緒にどうだ?」 「今日は遠慮しとくよ」 「女か?」 「似たようなモンだけどな」 苦笑ったその顔が目の前の男に少し似ているのは、血筋だろう。 伯父貴と呼ばれた男は、四之宮和生(シノミヤカズオ)。 四之宮グループの総取締役で、四之宮浩太の伯父にあたる。 「程々にしとけよ?」 「伯父貴とは違いますから」 「口の減らないガキだ」 で?と、浩太の前まで足を進めた四之宮和生は目を細めた。 「彼女にもそういう言い方をするのか?」 「………さァ、」 「率直なのもいいが、敵を作るのは良くない」 「彼らの頭が固すぎるんだよ。諂うのは嫌いなんでね」 「お前は、オレの若い頃によく似てる」 だがオレは、耐えることも覚えた。そこがオレとお前の違うところだと、そう息をつく。 「耐えること、ねェ」 「お前のことを強かな男だと、そうあいつらは言ってる」 「強か?……特に意味を気にしたことはないな」 「プラスイメージじゃないことは確かだ」 「まァ、確かに意味無く内に敵を作りたくはない」 肝に銘じておきますと、浩太は肩をすくめて見せた。そしてそのまま会議室を出ようと。しかし、またしても同じ声が浩太を呼び止める。その呼びかけに、何なんですかと、些か眉を顰めた。 「こんな昼から会うような女が相手とは、宗旨替えか?」 「いえ、電話するだけですよ」 「電話?お前が?」 「オレだって電話くらいするさ。学校行ったか心配なんでね」 「女子大生か?随分若いのを捕まえたな」 「………似たようなモンです」 意味深な笑みを残し、背を向ける。そして、今度こそ本当に会議室を後にした。 「か、から揚げー!」 「あらん?残したんじゃないの?」 「食べたいモンは最後までとっとくの!毎回毎回‥、」 「毎回毎回、あたしが取ること分ってるのに残すが悪い〜」 「ふざけんなっ!」 購買で買った弁当を教室で食すと。その様子を見て苦笑いながら、後ろ戸から入ってくるのは並木。 「あ、並木さん」 「こんちわ、並木さん」 「よう、。に、」 何だかついでのように名前を付け足されて渋い顔をしながら、は並木の右手を見る。しっかり貢物のお菓子があることを確認。の大好きなイチゴ味のポッキーだ。半分ちょーだいと口にしようとした瞬間、聞き覚えのある音楽。 〜♪ 「あ、この音四之宮しゃんねー」 「マジ?お熱いねー」 「並木さん、お熱いって古いよ」 確かに、電話の主は四之宮浩太。 この言葉に違和感と抵抗があるけど、一応 『彼氏』 だ。切れてしまうと困るから、ピッと通話ボタンを押しながら教室の後ろまで歩く。 「!ポッキー残しといて!」 なんて言って。 「ポッキー?」 「オレより先に言うなよ。あ、、やる」 「おぉう!イチゴだ!並木さんセーンキュ♪」 小さなやり取りを笑い、もしもし?と電話に話しかけた。 『学校、いるみたいだな』 いつ聞いても重低音。 「いますよ?いい子じゃん?」 『ハイハイ。飯食ったのか?』 「あ、ちょっと聞いてよー。があたしのから揚げをねー」 『最後までとっとくお前が悪い』 「まだ言い終わってないのに」 『好物は最初に食えよ』 「シノミーもね」 『オレは食いたいけど食わせてもらえないからな』 最近はシノミーにも慣れたらしい。 「はい?」 『今日会社で、耐える事を覚えろって言われたんだが』 オレは十分耐えてるよな?含み笑って小さくの名前を呼ぶ。 「っ、」 『なァ?』 「あ、あー‥、月が綺麗だー‥」 『まだ昼だぞ』 受話器の向こうの笑い声に少し居心地悪そうに。だけど低いその声は、少しだけ心地よく浸透した。 「シノミー、お昼食べた?」 『シノミーって呼ぶんじゃねーよ』 「(さっきは怒んなかったくせに‥) 食べてないんだ?」 『さァ』 「食べてよ。マジで。過労死とかするよ。絶対」 『ワカリマシタ』 「んじゃ切るからね」 『』 「ん?」 浩太の口から出たのは、何も知らないには幾分奇妙な言葉。 『強かって言葉の意味、わかるか?』 「シタタカ?」 国語辞典で調べてみようかというの返事に、四之宮はいいと言ったが、既には受話口から耳を離し、国語辞典を探してる最中で声は聞こえず。 したたかーしたたかーと呪文のように繰り返しながら、指で辿った。 「したたかー‥、あ、あった。強か。強いにか」 『で?』 「強靭、強くて扱いにくい様子」 『……扱いにくい、か』 「あとはー、遺憾なく力を発揮し、実力者だと感心させる様子」 【したたか】は【たくましい】にも似ているが、【たくましい】がエネルギーを持った強さをプラスイメージでとらえるのに対し、【したたか】はマイナスイメージでとらえている点が異なる。 「で?それが何?」 『いや、別に』 「強か。てゆーか四之宮さんっぽい言葉だね」 『あ?』 「一筋縄じゃいかないって感じの」 『マイナスイメージ』 「ううん。あたしにはプラス。カッコいいじゃん。強か」 何を言ったわけでもないが、その言葉もそう悪くはないような気がした。 だから思わず、 『…………………』 「っっっ、お前、バカじゃんっ!」 『じゃあな。チャン』 「ちゃん付けで呼ぶな!オッサン!」 何を言っても、彼は笑ったままで。ピッと電話を切った後も、その笑い声が耳に残っていた。あぁ、首のところが熱い。 携帯をポケットにしまい込み、のいる場所へ戻ると、並木と二人で歓談中。 「何なの、あのオッサンは」 「オカエリー」 「四之宮さんと愛のトークか」 「並木さん、もうあたしの椅子座んないで」 「うわ。ヒデー」 「、」 「何」 「顔真っ赤」 「!」 笑いながら電話を終えた。 「お前が電話で女を口説いてるのは初めて見たな」 例の如く、後ろから声が聞こえる。 「………盗み聞きかよ」 「聞かれたくないなら他の場所で電話しろ」 「別に、聞かれても構わないけど」 「『ベッドの上でも強か』 か。妙な口説き文句だ」 「強かって言われるのも悪くないと思ってね」 オレにとってはプラスイメージだったと、四之宮浩太は言った。
お題の内容が「強か」
03/09/19 × |