メイキングライフル (7)

 

 

の顔見たとき、さっきまでとは違う涙が出た。

「だからヤメロって言ったでしょ!」
「っ、……ごめ……」
「あたしに謝ることじゃないけど」
篠宮さんにはお礼言いなさいね。は言う。
黒塗り車の後部座席。助手席には並木さんがいて、篠宮さんが運転してて。
「………ふぃぃ、ッ、……」
「あー、もう」
無事だったんだからもう泣くんじゃないよ、と。の頭を撫でた。

何だか、いつものとは違う。いつもより、凛としていた。
















「ッ、は……っ、ぁ」
酸素が頭に廻ってなかったから、目が霞む。
霞んだ向こうに居るのが篠宮さんだとわかるのに時間がかかった。
「……ぁ、は……」
「わかるな?」
「……シノ、み……」
「わかるんだな?」
耳から入る声に頷く。頷いたあたしを立たせて誰かに託して。
「……な、み……きさ?」
「お、おい、大丈夫か?」
!」











「……ッ、‥」
何か言いたかったけど言葉にならなくて、泣くことしかできなかったあたしの頭をは撫でてくれた。
「もう平気」
その言葉を聞いて安心したあたしの耳に入ったのは、篠宮さんの声。


その声は低くて、何か怖い声で。

「ナメた真似してんじゃねェ。ガキが」


松田の鼻先を掴んで、他の言葉は聞き取れなかったけど。
怖い篠宮さんが、凄く優しく見えた。




















「じゃねー。明日ガッコ来る?」
車から降りようとしたが振り返ってに聞いた。
「行くよー」
「無理すんなよー?」
「しないって」
まぁ何かあったらメールっ子して。いつものようにそう笑って。
「並木へんぱ〜い。行こー」
「お、おう」
「あ、シノミヤさん?アリガトウございました」
「あー‥、送ってもらってスンマセン」
「気をつけて帰れよ」
そう、車から顔を出す。

は言った。だけに聞き取れるような小さい声で。

「シノミヤしゃん、いー人だね」










静かなエンジン音を立てて車が動いた。運転席の篠宮さんは一言も喋らない。もちろん、後部座席のあたしも。

怒ってる?

怒ってるよね。迷惑かけて。そりゃ怒ってるわな。昨日の今日で、また怒らせちゃった。多分今日も忙しかったんだろな、仕事。なのに煩わせた。
ほら、もう関わるのやめた方がいいのかも。



沈黙を破ったのは、意外にも柔らかい篠宮さんの声。


「……あ、はぃ……」
「帰るか?」
「え」
「家。いねーんだろ?親」
「あ、あぁ……はい。でも、……大丈夫です」
そう答えるのが精一杯。でも、返ってきた答えはため息。
「……シノ‥」
「んなワケねーよな」
「な、何が……」
少し考えたようにしてから、ハンドルを切った。
あたしの家に行く道とは反対方向に。




















オートロックのマンション。おっきなマンション。黒いドアを開けられて、中に通された。何も言わないけど。我が物顔で歩いてるんだから。やっぱり篠宮さんの家なんだろう。一人暮らしか。広いリビングにはソファが一つ。黒くて大きなソファが一つ。あとテレビ。それしかない、無生物的な部屋。




不意に呼ばれて、顔を上げる。
その声にも顔にも怒ってるなんてのは全然なくて、むしろ謝ってるみたいな。

「篠宮、さん?」
「悪かった」
「え?」
「オレが、昨日」
あんな無責任なこと言ったから、目を逸らすことなく言った。


『あんな無責任なこと』?

何?あたし何か言われた?


「えと……」
「悪かった。本当に」
「ちょっと、待って下さ……あの、何か言われ……?」
「……ガツンと言ってやれば」
「あ、あぁ。そー言えば」
言われたな。でもあたし、ガツンと言ってやってスッキリしたし。
そのことに関して後悔はない。
「篠宮さんは悪くないよ。全部あたしが決めて動いたことだから」
やだなぁそんな困った顔しないで、そう言って苦笑いながら覗き込む。

「いや」

悔いるように、悔悟するように。

「オレが悪かったんだ。ちゃんから電話が着て。……どうしようかと」





ふと、冷たいのが心を過ぎった。
その言葉を聞いて苦しくなった。





「………?」





苦しみの正体が何なのか、少し考えればすぐにわかってしまって。

あぁ、そうだ。篠宮さんがあたしを助けてくれたのは。

『義務感』から。
『罪悪感』から。

無責任な昨日の電話に責任を感じて。

でも何で。何で苦しい?

『義務感』で。
『罪悪感』で。

何でそれが苦しいの?





苦しみの正体。





いつの間にかあたし、あなたを好きになっていた。










最後に、ねぇ。呼んだのは篠宮さん。
助けて欲しいと縋ったのは、でも並木さんでも、お父さんでもお母さんでも警察でもなくて。神様でもなくて。


篠宮さん。


浮かんだのは篠宮さんだった。だから霧のかかった頭の中で篠宮さんを見て、夢だと思った。夢じゃない、本物のあなたに。あたしは助けられていた。















?」
おい、と一歩。思わず後退ったあたしに怪訝な顔を。
「どー‥」
「違う」
「……あ?違う?」
「あたし、あたし……」

ヤバイ。

「どうしよう」
「何が」
「わかんない」
「わかんないって……」
何がだよ、と近づくその一歩が恐くて。傍に来られたらどうにかなってしまいそうな。でも篠宮さんは構わず近づいてくる。
あたしはどうしたらいいのかわからなくて後退るだけ。
「来ないで」
「何で」
「わかんない、無理」

声が震える。
涙腺が緩んでた。


多分、焦ったんだろう。自分が泣かせたんだと思ったんだろう。
あたしが勝手に泣いただけなのに。

気づけば、篠宮さんの大きな手が頬に当てられてて。


「………ッ、し……のー‥」
「悪い」
「違う……」
「ゴメン」
「そうじゃないんだってば!」
大の男が気迫負けする姿を始めて見た。しかも負かせたのは自分。

互いにポカンとして。


眉間に皺を寄せた篠宮さんは言う。

「何がだよ」

大きな手に顔を包まれて。涙の後を拭くことすらできずに。


間抜けな、本当にマヌケな告白を。





「好きになっちゃったよぉぉ……ゴメンなさい」





してしまいました。

 

 

 

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02/12/15