スタイリングNEO

 

 

見てないと思ってた。

暑いね、暑いの、暑い。夏は暑くて、あたしは髪を結い上げる。

「とーぉーこー‥」
「溶けてるね」
「もー暑いっつーの」
下敷きはポヨンポヨンと不可解な音を立てながら揺れた。そこから出るゆるゆるとした風は、脳の回転を少しだけ助ける。塔子くらいに切ろうかな、ボソッと小さく。

髪切ンの?」
見上げると、後ろの席のドレッド岡田。

「暑いしー」
「えー、勿体無いよ」
「確かに。どんだけ時間かかんだよ、それ」
「時間?」
「伸ばす時間」
「さー‥?てゆかね、岡田もどうなの、その頭」
「……ウザイ?」
「個性的だとは思うけど。見てて暑い」
部活の時とか邪魔じゃないのかね、岡田クン。は言って、手先でちょいちょい呼び寄せた。岡田が前のめりになれば、ドレッドの先を指でつまみ、おぉ、シメナワ、などと脳みそ薄めの言葉を紡ぐ。
「切るべき?」
「だから部活の時邪魔?」
「いや」
「この髪型、暑い?」
「別に」
「だったらそのまんまでいーんじゃないのー?」
あたしには暑く見えますがそれは個人の自由です。もっともらしいことを言い、ピヨンと上げた。
「洗ってる?」
「面倒だけどな」
「どーやって洗うの?」
「根本、髪、」
「わしゃわしゃ洗えないんだ。面倒だね」
ぐあーっと欠伸をして髪を離す。そして結い上げた自分の髪に触れ、再度呟いた。やっぱ切っちゃおうかなぁと。
「だから勿体ねーって」
「そう?また伸ばせばいいじゃん」
「そんなすぐ伸びんの?」
「二年もありゃ伸びるよ、このくらいなら」
二年ねぇ、岡田は苦笑いして結い上げられた髪に指を滑らす。ポンポンと些か無作法な触り方だったが、は思わず肩を竦めた。
気づけば塔子はもうその場にいない。

「オレ後ろの席だろ?」
「へ?あー、うん‥」
の髪型見てると面白いんだよな」
「髪型?」
「色んな髪で」
そんなに髪に思い入れがあるのかと笑ってみる。自分の髪どころか他人の髪にも興味を持つとは。
寒い時は下ろせばあったかいから長い髪もいい。だけど暑い夏はいくら結い上げても邪魔に感じるこの髪。中途半端な長さ、あたしの髪。

「どの髪形がいい?」
「ん?」
「高いとこで一本に結んだりー」
「少しおろしてダンゴ作ったり?」
「岡田本当見てんね」
実はストーカーじゃん、言えば後ろの席だからしょうがないだろ、笑って、また髪をポンポン触った。
「乱れるから触んないで下さい」
口を尖らして冗談みたいにいうけど、妙に浮き足立つ気持ちを隠して。


ガラッと前扉の開く音が響く。川藤先生がいつもみたいに教室へ入ってきた。先生を確認した岡田は髪から手を離し、視線を黒板方向に向けたまま、後ろの席に腰を下ろす。いつものようにHRが始まった。
だんだんと暑くなっていく気候に負けず、今日も担任は元気だ。先生を見てると、今でも青春謳歌中なんだろうと思う。それで、あたしは青春を謳歌してないんじゃないかって、そうも思う。青春謳歌ってどーゆーことだろう。

適当に活動少ない科学部に入ってしまったが、(幽霊部員)
適当に友だちと遊びに行くけど、(カラオケばっかだ)
適当に勉強してるけど、(後ろから数えたほうが早いかな)

あぁ、青春を謳歌したい。

やっぱりここは恋愛か、そう考えた時、出てきたのはドレッド岡田。何で岡田が出てくるのかわからないけど出てきたものは仕方ない。だけど無意味に後ろを向くなんてことできずに。何でだろうと首をかしげる。
同時、頭の中に沸いた考えが体温を熱くした。

後ろの席の岡田優也は、あたしの髪型に興味を持っているようです。
あたしがどんな髪型をして学校に来るのか興味を持っているのです。

ねぇ、もしかして、見られてる?

意識したことはなかった。だって、意識なんかしたら学校に来れなくなる。後ろの席じゃなきゃ安心できなくなる。岡田の前の席は危険。
あたしの脳内にとって、危険な位置だ。首の辺りが熱を増してく。もしかして赤くなってるかもしれない。髪を上げてうなじ全開な自分に込み上げる、羞恥。

恥ずかしい。



「夏休みの事前指導についてだなー」
川藤先生が何か言ってるけど、どうでもいい。静まれ、静まれあたし。
もうプリントなんか配らなくていいよ、あたしのドキドキを、

ドキドキを、

沈めて欲しいんだけど‥

………プリント……?



さん?」
前の席、御子柴君は今日も犬みたいな目。
「プリント」
「あ、はいはい」
渡してもらったプリントはどこへ行く。一枚はあたしの手元、ラスト一枚は後ろの席のドレッド岡田。

「………」
くるっと腰だけ後ろに向けて。
「はい」
「どーも」
動いている手の先から伸びるシャーペン。綺麗とは言えないけど、見やすい文字。動かされる左手は、右利きの人間にはとても不可解なものに見えた。そして書き出される数式も不可解なものだ。


「な、何?」
「思ったんだけど」
「何を?」
「やっぱ髪切らない方がいいよ」
「っ、」


ダメ押し。


「………んで……」
「ん?」
「何でそーゆーこと言うかなぁ!」
席を立って声を上げる。川藤の話は止まり、教室中のざわめきが止まった。その『ピタッ』具合にも辺りを見回し、気まずそうに口を噤むと、座ったままの岡田を見下ろす。

「……ヤだ、もう。席かわって」
「は?」
「川藤先生!」
「な、何だ、
「岡田君が後ろからいじめるので席かわってもいいですか」
「はぁ?オレ?」
「岡田が?」
「おいー、何やってんだ岡田」
「何されたのちゃーん」
何なのか自分でもよくわからない。
だた嫌なのが、岡田が後ろからあたしを見るって事実。岡田の視線を感じたら、うなじ全開で髪を結い上げるなんてこと絶対できないと思った。



『やっぱ髪切らない方がいいよ』

言われたから、切らないけどさ。

 

 


無意識意地悪岡田、被害妄想から恋に発展ヒロイン。
04/07/03  ×