養護教諭と僕物語

 

 

【ちょっと待て。その状態に保健室は必要か?】

自分の指を見る。ズキズキするんだから、必要だろ。
それより、こんな貼り紙初めて見た。
岡田少年、保健室の前で立ち往生の図。しかし、立ち往生してるわけにもいかず、すいませんと中へ入る。

「……え」
机にうつ伏せになった女がいた。白衣を着てるから保健医なのだろう。
「あの、」
とりあえず声を掛ける。
「………病名は何?」
「へ?」
「先生に会いたい病とかぬかしたら殺す」
酷く小さな声で言ってから、顔を上げた。

「………あれ?」
怪訝な顔で岡田を見る。いや、岡田だって負けてない。何だこいつと負けずに怪訝顔。
「あー‥、ゴメン。えーっと、どうしたの?」
「指を」
「指?」
「体育で」
オッケー、任せないさい。そう手を取った。


「軽いつき指ね。冷やして動かさなければすぐ治るわ」
カラカラと洗面器に氷水を張る。
「コールドスプレーとかより、こっちの方がいいのよ。本当は」
「冷て……」
「我慢しなさい。えーと、名前とクラス」
「1年B組、岡田です」
「おーかーだー‥、病名、つーきーゆーびー‥」
声に出さないと書けないのかよ。
「君、運動部?」
「あ、はい」
「放課後部活とか出るんだったら、テーピングすること」
「テーピングですか」
「えぇ。あまり指に負担かけないようにね。……何部?」
「野球部です」
ただ所属部を答えただけなのに。むしろ聞かれたから答えただけなのに。保健医の表情が一変。

「野球部?」

うんざりした様な。

「は、はァ」
「さっきの勘は外れてなかったわ」
「勘?」
「野球部ってことは若菜君たちとお友達なのよね?」
「わ、若菜?」
「若菜君、湯舟君、桧山君」
キミ、彼らと同類?首を傾げて眉を潜める。
「ど、同類って」
「変な病名作って、ここんとこ毎日来るんだけど」
だからさっき変なこと言ったのかと。妙に納得した。ドアの貼り紙も頷ける。
そーいや部活前だの昼休みだの、ここ最近、あいつらよくいなくなってた。

「………違うみたいね、君は」
そりゃ、一緒にされたら堪らない。


つーか。


「せ、先生」
「ん?」
「誰ですか?」
「は?」
「や、あの、オレの知ってる保健の先生と」
違うなーと思って。言って、冷やしているのと逆の手で頭を掻いた。
「先週の朝礼で紹介されたはずなんだけど」
「えっ」
「前の先生の代理でね。三学期だけここにいるのよ」
「あ、そーなんすか」
先生よ。よろしくね」
「あ、はい」
クスクスと笑う顔が、やけに可愛い。若菜たちがここに来るのもわかる気がする。
「今、体育何してるの?」
「あー‥野球です」
「え?」
「や、野球…」
「岡田君、」
野球部?と指差されて。岡田は苦笑いを。そんな岡田を見て、まァ、そーゆーこともあるわね。保健医、も苦笑った。
とりあえず、この時間の終業チャイムが鳴るまでここにいることが決定。





ただ指を洗面器に入れたり。冷たすぎる感覚にウンザリして出したり。そうするとが見ていて、しょうがなくまた入れたり。単調な時間。
保健室からはグラウンドが見える。奥の方では野球、自分のクラス。手前ではハードルとか、高飛びの陸上競技。



『信じらんねェ』
『お前野球部員だろ』

どーでもいいことだと思ったが。思い出すといい気はしない。気にすることじゃねーんだ。あいつらが悪意なく言ったってことはわかってるから。

でも、オレ。
オレ、野球部、だよな。
何でフライ取れなくて、つき指なんかしてんだよ。
自分でも、信じらんねェ。





「先生」
「んー?」
生徒の手前、寝るのは憚られたのか。起きて何やら書類制作をしている。
「オレ、野球下手なんだ」
思いもよらぬ言葉に顔を上げた。
「ん?」
「野球部なのに、野球上手くねーの」
キィ、と。椅子を岡田の方に向け。で?言って、腕を組む。
「オレら、最初から真面目にやってたわけじゃなくてさ」
本気で野球始めたのは最近なんだ。口から出る言葉は真実。
「でもやっぱオレ、イマイチ下手なんだよ」
あいつらと同じだけやってる、と思う。なのにだぜ?才能ねェって最近思うんだと。岡田は零した。それは彼の弱音か。それとも愚痴なのか。


「岡田君は、」
岡田が顔を上げると、は真っ直ぐ自分を見ていて。
「練習したのよね?」
初めから野球できてたわけじゃないでしょ?と。
「練習して、今に至るんでしょ?」
「………はァ」
「なら大丈夫。この先も練習すれば、今より上手くなれるよ」
「は?」
「あー‥、あの、……単純計算で」
ダメ?そう言う顔は、何だか真剣だ。


「単純、計算……?」
「た、単純計算。かけ算、かな?」

かな?って。

何だかなー、この先生。


「あー‥、そう、……ですね」
「だ、だしょ?」
何か、おかしい。すっ飛ばされた気分になる。
弱音が、愚痴が。全部すっ飛ばされた感じがした。
「………練習」
「そそ、練習」
練習あるのみだ!頑張れ、野球少年。笑う顔は、やっぱり可愛い。
「あ、あの、先生さ」
「ん?」


と、


ちゃ〜ん!」
先生!」
突然ドアが開く。入ってきたのは若菜に湯舟。

「………帰って」
「うわー!冷てェ!先生」
「病弱な僕らに愛の手を!」
「何が病弱だ。具合悪くないなら出てきなさい」
呆れたため息をついた。あぁ、こりゃ警戒もしたくなる。
「違ェっつの」
「そうそう。我らが岡田君を迎えに」
「嘘ばっかつくなって」
「オレらの友情を甘くみんなよ?岡田」
「そうだぜ、岡田」
「………はいはい」
アホだな、こいつら。岡田の苦笑いも無視して、に話しかける二人。

そんなふうに思ってる岡田がこの後二ヶ月間、誰よりも必死に保健室に通うことになるとは。本人も、このときはまだ予測していなかった。

 

 


男の保険医っていたことないな。
03/03/30  ×