| 幸せの定義、出会い |
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そこに彼女はいた。 様子がとても慣れていたから、危ないと声を掛けれなかった。その場に佇むだけのオレに彼女が気づいたのは、オレが彼女をボーっと見て、5分くらい過ぎた頃だろうか。 こちらを向いたその顔は、5分くらい見ていたことを知ってる、という顔。 「何?」 「え、」 「何か用?」 海と町を見下ろせる高台へ、坂の江町の住宅は続いている。 彼女の座る白い柵の2.5メートル下は石畳。落ちたら死ぬとまではいかないが怪我はするだろう。しかもその柵が、所々錆びてるようにも見えた。 「そこ、危ないかなって、」 柵を指差すと、彼女は笑う。そうかもね、ちょっとギシギシするから。言って、こちら側に飛び降りた。 ふわっと、重さを感じさせない。 彼女は音の立たないビーチサンダルを履いている。パンツから伸びた足は、夏に弱そうな白さだった。 「おめでたい格好だね」 「結婚式だったから」 着ている礼服を見、胸に挿した臙脂のハンカチを摘み上げる。 「そう。じゃあここの人じゃないんだ」 「あぁ」 「あたしも」 「へぇ」 「名前は?」 「満雄」 「ミツオくんか。どーいう字?」 「満月の満に雄」 「満雄くん。あたし」 食べる?言って差し出したそれはカフェオレ味の氷菓子。二つに割れるタイプのもう片方を差し出した。ちょっと溶けちゃったけどと舌を出しながら。満雄はありがとうと、それを受け取る。 「誰の結婚式?」 「姉ちゃんの」 「幸せな花嫁さんか。いいなぁ」 「ちゃんは?」 「でいいよ。みんなそう呼ぶから」 そう言ってから、あたしはって?と首を傾げる。あたしはまだ花嫁にはならないよと付け加えて。 「えーと、幸せ、の部分」 「うわー、満雄君、唐突な質問だね、それ」 「そ、そーかな」 「そうだよ。幸せかって、凄く難しい質問だもん」 音が立たないはずのそのビーチサンダルは、近くで歩くとペタペタと音がした。 幸せかどうかと自分に投げかける。 返る答えを待つのには、かなりの時間を要する。 だけどオレは、 「オレは今幸せだよ」 幸せなんだと、思える。 「お姉さん結婚したから?」 「それもあるけど」 「あるけど?」 姉ちゃんと安曇さんが結婚できたこともあるけど、幸せそうな姉ちゃんと、涙目のバカ親父見れたこともあるけど。 オレは不自由なく日常を過ごせる。 それを今感じてる。 「目が見えるから」 「目、が?」 「口も利けるし、耳も聞こえる」 首も腰も手も足も動く、満雄は言って、自分の指先を見つめた。 「だからオレは幸せなんだ」 の目は、真っ直ぐ満雄を見る。 彼の言ってることを理解しようと。 彼の言ってる背景を読み取ろうと。 たった10分程前に出会った少年は、今ここにいる。 「……じゃあ、」 あたしも幸せだね、は微笑んだ。 遠くから声がした。 どうやら彼女を呼ぶ声らしい。は声のした方に顔を向け、はーいと返事を。 「行かなきゃ」 肩を竦めて満雄を見る。 「あぁ、うん」 「またね、って言えないのが寂しいね」 「そーだね」 「また、会えたらいいね」 「……そーだね」 ヒラヒラと手を振ると、階段を下りていった。満雄は、消えそうに白い後姿を見つめる。ビーチサンダルの音は、やっぱり聞こえなかった。 その日は、安曇さんの家で親族の宴会が行われた。親父は酔っ払って上機嫌、まだ宵の口だってのに、凄いもんだ。 「姉ちゃん」 「何?」 「よかったな」 「満雄」 「ん?」 「それ何回目か覚えてる?」 「……………」 「もう9回目だよ」 眉を顰めても、顔は笑ってる。あぁ、姉ちゃん幸せそうだな、そう思った。 すいませーんと、玄関口で声がして。はーいと出て行く姉ちゃんが、立派な嫁に見える。安曇さんのお母さんと二人で玄関の方に行った。嫁姑問題も絶対なさそうだし、心配事なんてひとつもないらしい。 苦笑いして顔を上げると、親父と目が合った。その手はオレを呼んでいるようだったが、遠慮したい。親父から逃げるために、玄関口へと向かう。 「うるさくてすみません、本当」 「いえいえ、おめでとうございます」 「ありがとうございます」 「うちの子もねぇ、女の子なんですけどね」 「お母さん、あたしまだ高校生だし」 聞き覚えのある声だ。 姉の姿を確認した満雄は、玄関へ姿を現す。 「あ」 「あれ?」 玄関にいたのは姉ちゃんと安曇さんのお母さん、知らないおばさん。 それと、 「ちゃん?」 「満雄くんだ」 昼間とは違う服を着た、。 「な、何でっ?」 「満雄、知ってるの?」 「昼間会って喋ったんです」 「えぇっ?」 「満雄くんにナンパされちゃって」 「はぁっ?オレっ?ナンパ?」 「まー!こんな子を?奇特な子ねぇ」 「お母さん失礼なんだけど」 「ちょ、ちょっと待って!ちゃん、何でここに、」 「満雄!あんたナンパなんて何考えてんの?」 「いや、だから姉ちゃん、」 何が何だかわからない満雄を尻目に、は楽しそうにケタケタと笑った。そして言う、隣に引っ越してきたの、今日の『昼過ぎ』から、ここの町の住人だよ、と。 「って、」 「そっかそっかー。満雄くんのお姉さんのお隣か」 世間は狭いね、なんてこと言って。はおめでとうございますと頭を下げる。四季もありがとうと頭を下げた。 「それじゃ、これからよろしくお願いします」 「こちらこそ、また改めてご挨拶に伺いますので」 「今度はまたねって言えるね、満雄くん」 「あ、あぁ」 「あ、お姉さん」 「ん?」 「満雄くんに、知らない人から食べ物貰っちゃだめよって、」 注意して下さい、は笑う。覚えのあるそれに、満雄は頭を掻いた。 玄関が閉まるのを見届けてから四季は満雄を見ると、満雄、あんたナンパってどーいうことなの?人差し指を胸の前に突き出して睨みつける。 「……姉ちゃん‥」 「何」 「夏休みさ、」 「夏休み?」 「オレ、遊びに来てもいいかな」 「はぁ?何言ってるの」 怪訝な顔の四季を背に、幸せの定義について、もう一度彼女と話をしたいと、自分でも気づかない笑顔で宴会場へ向かった。 友川満雄、今年の夏の課題、 幸せの定義を彼女と一緒に考える(仮)。
森山君の満雄イメージで失礼いたします。
04/07/03 × |