貧乏B様悲劇と喜劇

 

 

金魚すくいしようよー、言えば真顔で返された。
「ドコにンな金あんだよ」
金魚すくいの代金は、一回400円と手ごろ価格。あんたにはあの400円が機嫌悪くなるほど高いのか。でも言えない、そんなこと私には言えない。今時小学生だってもっと金持ちだなんて、口が裂けても言えない。

「ひさーし」
「あ?」
「わたあめ」
「砂糖のカタマリ食うのか?」
「……から揚げ」
「デブんぞ」
渋い顔には渋い顔が返ってくる。何なんだよとウンザリしたような声のオプション付。
「デブらないもん」
「どーだか」
「ケチ!いーよ自分で買うし」
「あァ?」
「だから何で自分で買うって言っても怒るの?」

そうなのだ。別に私は寿に何か買ってよと強請ってる訳じゃない。
確かに前々からの約束で、今日の縁日は寿の出血大サービスな大盤振る舞いが行われるはずだったが、何を思ったか今朝早く、この男は大金をスッたばっかりらしい。所謂パチンコってやつだ。増やそうとしてどんどん穴に落ちていく寿も寿だが、そんな彼の性格を忘れ、期待しまくってた私も私。
でもね、だからって言って財布を持ってこなかったわけじゃないの。財布はここにあるんだよ、手元にしっかりとね!だから自分の金で何を買おうが関係ないじゃないか、と。そんな私の考えを、寿は気に入ってくれない。

「祭りの意味ないじゃん」
「花火見れんだろ」
「だったら川原の方が良く見える」
「人が多い」
「繊細なお坊ちゃんのフリしやがって」
「悪ィか」
「ビンボっちゃまのくせに」
「あァ?」
「何でもないですー」
は顔を背けて歩く足幅を広げる。スピードも速めた彼女は人ごみをすいすいすり抜けた。三井にそんな軽やかな芸当ができるわけでもなく、彼はと言えば独特の眼光と威圧で周囲を蹴散らしながら歩く。


カタカタと下駄の音。
どこからともなく太鼓の音。
的屋のおっちゃんたちの呼び込みの声。

うーん、まさしく夏祭りだ。歩きながらもは情緒ってモンを味わってみる。
ひとつ残念なのは浴衣が着れなかったことぐらい。去年も着たあの浴衣は、ぐちゃぐちゃのまま箪笥の奥。着ようかと決めたのは昼頃で、見たらぐちゃぐちゃで。
あー、来年は着れるようにちゃんと綺麗にしまっておこう。



「へわっ」
引かれた腕。三井寿は息切れ混じりでを見る。
「勝手にどんどん進んでんな」
「寿が遅いんだもん」
神社の境内。お祭りを楽しむ若人はこんなところには用は無いらしく、人気もなけりゃあ明かりも少ない。ぼやっと佇む石段の奥の社とお賽銭箱はある意味恐怖。
「賽銭箱か」
「……最低。ドロボー」
「あァッ?誰も盗るなんつってねーだろ」
「いや、絶対思ってたね。そんなことしたら殴るから」
信用ねーなと思いつつ、頭の隅のほうに2ミリくらいそんな考えがあったことは否めない。三井は舌打ちをして、喧騒の方向に目を向けた。
はそんな三井と、暗い境内を交互に見て言う。
「寿、今いくらある?」
「あ?」
「えいっ」
「うおっ、コラ、テメ、」
どうして殿方は後ろのポケットに財布を入れるんだ。いつも不思議に思う、とか考えながら、の手の中にある三井の黒い財布は厚みがまるでない。
「うっすー」
「返せ」
「まぁまぁ。あ、札ない」
「あるわけねーだろ」
「貧乏高校生、ひゃくーにひゃーくさん…違、五十円だ」
祭りでの所持金271円の高校三年生ってどーだ。ある意味尊敬というか、大物。

「まいっか」
「あ?おい、、」
カタカタなる下駄ではなく、パタパタなるサンダルで。が足早に向かったのは薄暗い社の前。放置されたように佇む賽銭箱の上で、小銭入れの部分を開いた。


「とうっ!」

「うわー!」


三井寿の運動神経をもっても阻止できぬ彼女の奇行。六枚のコインはそれぞれ音色をバラバラに落ちる。大きく口を開けた賽銭箱がそれを吸い込んだ。

「なにやってんだクソアマ!」
「神社に来たからお賽銭」
「つーかオレの全財産だろーが!」
「お前の全財産で金魚がすくえるか?」
「それとこれとは関係ねーだろ!」
「あんたは彼女を楽しませるってことを知らないのっ?」
「だっ、……んな、オレの全財産……」
覇気をなくしたしょぼくれ三井。帰りの電車賃ギリの額が箱の中に納まった。決して取り返すことのできない箱の中に吸い決まれてしまった。

パンパンと手を叩く音が聞こえる。

失意の三井がを見れば、彼女は目を閉じてお参り中。オレの金でテメェが幸せになんのかよ、三井が言えば、は煩いから黙っててと低く返した。
よし、そう小さく呟いたあと、は顔を上げる。三井を見て川原に花火見に行こうと誘った。
「お前さっきオレの話聞いてたのか?」
「人多いからやなんでしょ?」
「聞いてんじゃねーか」
「でももうお金なくなって、行く場所ないでしょ?」
「相模湖に埋めンぞ、テメェ」
「花火見終わったらうちおいでよ」
「………あ?」
「今日お祭りだからお父さんもお母さんも親戚んとこだし、」

さっきお賽銭にしちゃったから、電車賃ないでしょ?
誘う気はまるでなさそうな誘い方だった。
しょーがないからおいでよと、そんな誘い方。

状況整理がまともに行われていない三井の脳内。

さっさと背を向けるを捉えようとした右手が空を切る。
空を切ったその手がガッツポーズに変わるまで、少々時間を要した。

 

 


きーみーがーいたなーつーはー!
04/08/20  ×