喉元過ぎゆく青春の

 

 

「いよっす」
「……何してんの?」
「一緒に帰ろー」
またしても邪魔者平塚平に阻止されるとこだった。つき合いだしてもう半年になるのに、いっつも邪魔なのだ、あいつは。塔子、あんたのプリクラに感謝しちゃう。

「あのさ」
「おん?」
「部活は?」
今岡が首を傾げれば、も傾げ返した。対して背の変わらない彼女を見、なんだかなーと苦笑い。
「サボったの?」
「早退」
お母さんが急病だから早退しなきゃなんなかったみたい。あっけらかんな彼女の口から実しやかに嘘が飛ぶ。
彼女の所属するソフト部は、サボり行為なんぞ許さぬ部だと知ってる。あのおっかない三年女子がそれを許したのか、それとも真弓先生が許したのか。そんなとこ今岡に分かるはずもなく、どうすることもできない。
「あのさ」
「しのびーと一緒に帰りたかったのだよー」
「しのびーって」
「シノシノ?」
「今岡でいいって」
「何でそうなるかな。今の流れなら忍でいいって、でしょ?」
「じゃあ忍でいいから」
「てゆーかさ、今岡」
「結局今岡じゃん」
毎日、彼女といる時はこんな会話の繰り返し。バカみたいな面倒くさい会話だが、嫌いなわけではない。

「今岡、今岡君」
「んー?」
「何か飲む?」
「は?」
突然何を言うのかと、今岡は眉を顰める。何で気前良いこと言ってんのに嫌そうな顔するんだよ、は言って目の前の自動販売機を指差した。
「あぁ、自販機ね」
「あぁって何」
「あそこのマックとか行くのかと思った」
「まだまだだね」
は小さなカバンから財布を出す。まるで四次元ポケットのようなそのカバン。おかしなものが続々出てくる様子を、この半年今岡は何度か目撃した。時には菓子パン、先日は何故だかミニドライヤーが出てきた。
「何飲む?」
「気前いいね」
「でっしょ?でも早く言わないとー‥」

バンッ

今岡の指がの指よりも一足早くサプリ飲料のボタンに触れる。の指は怪しげな飲み物の前で止まっていた。

「飲んでみようよ。不思議ジュース」
「嫌だよ。平っちでさえそれ飲んでないんだから」
「何だかんだ平塚君って実は実験台?」
「……………」
「うわっ。黙っちゃったよ」
ガコンと出てきたサプリ飲料の缶を手に取ると、は紅茶のボタンを押す。焦ったりすることもなく、短絡に飲み物を手に入れた彼女を見て、些か悔しく思う。カプチッと缶のふたを開け、グビッと口付け。の顔は甘い液体に呼応するように緩んでいった。今岡はそんな彼女の表情を見て、何とも言えない感覚にとらわれる。毎回そうなんだ、彼女は自分の好きな物に、暫しそういった表情を見せる。購買のアンパン、駅前のソフトクリーム、大抵は食べ物のことだけど。

「美味い?」
「まいうー」

何とも言えないその感覚が、自分の中であったかく広がるのが好きだ。










「さーて、今岡君」
お別れの時が来ましたねぇ、駅前で彼女が笑う。
「帰るの?」
「帰るの。用事があるから」
「そーか」
「もっと一緒にいたい?」
「まーね」
「言うねー」
下らない会話が好きだ。
「でも帰るね」
「うん」
「じゃーね」
「じゃあ、また明日」
定期入れて改札抜けても、は一向に動こうとせず、どうかしたのかと今岡が聞けば、ちょっと学校に忘れ物、そう手を振っていた。
「一緒に戻ろうか?」
「いいよ。平気。気をつけてねー」
ぐーぱーぐーぱー、さよならの手を振る、彼女の癖。今岡は肩を落として苦笑い、ヒラヒラと振り返す。
「あ、今岡、しのしのー」
「んー?」
「あのさー、大丈夫だからー」
「は?」
「それ飲んで、」
指差したのは手元のサプリ飲料。
「寝ちゃえば、ね、明日もう調子戻ってるから」
だから大丈夫だよと微笑んで、彼女は改札に背を向けた。










ソフト部からは、野球部の試合してる様子が見えたのだろうか。
調子が悪くて、エラーが多くて。どうしようもなくなって交代させられたのを、彼女は見ていたのだろうか。
伸び始めた前髪を、思わずかき上げる。
あれだけ伝えるために、彼女は一緒に帰ろうと言ったのだろうと、思えば息をするのが少し困難になるほど、切ない感じだ。嬉しい切なさが、喉元を過ぎていく。

「あー‥」
ちょっとカッコ悪かったかな、なんて思いながら電車を待ってみた。

学校に戻った彼女は、またジャージに着替えて言い訳をして、もしかしたら厳しい三年に扱かれてるかもしれない。午前中のオレと同じように、好ましくない気分で走り回ってるかもしれない。

「はー‥」
気づけば逆戻って改札を抜けていた。

学校までの道のり、思うのはいつでもオレを思ってくれるお前のこと。下らない会話と、バカみたいな会話と、面倒くさい会話。
落ち込んだオレのために、ズル休みまでしてくれてありがとう。

 

 


今岡の彼女は不思議系のしっかり少女イメージ。
05/05/18  ×