ガス入りウォーター

 

 

可愛い顔してえげつないっつーか。
例えば、真夏に冷蔵庫を空けたら透明ポットに茶色の液体。きゃあもしかして麦茶じゃない?お母さんマンセー、さすがさすが、アイラブマム。

んぐ‥ ぶべぇー!! 何これ‥、‥蕎麦つゆ?

なんてこと、誰しも一度はあるのではないかと。そうでもない?あぁそうですか。まぁ、この私も未だかつて一度も蕎麦つゆと麦茶を間違えたことはないけどね。
ね、だけど、今そんな経験の真っ最中。



「頭悪ぃー」
この子がこんな子だなんて知る由も無いわ。だって入学してからまともに会話をしたことがない、もう三年だってのに。てゆーかまず、この子と関わりあう機会なんてないもの。なかったはずだもの!今日まで一度たりとも!!
「聞いてんの?さん」
やんないならオレ部活行きてーんだけど、可愛い顔して君の口から出る言葉は乱暴極まりないよ、藤真くん。
「あ、聞いてます‥」
ほらほら!あたしもこんなに萎縮しちゃってさ!どーしろっつーのどーしろっつーの!お前恐いんだよめっちゃくちゃ!
「ふ、藤真君、」
「あ?」
「こ、ここ、ここ、」
「ココココ?」
「ここっ、の計算が、何でこっちの方程式にはあてはまんないのかと‥」
ココココってにわとりかお前、みたいなことを目で訴えた藤真君。理解に悩む箇所を質問すると、面倒臭そうながらもちゃんと教えてくれる。

いくらあたしが数学の小テストで30点取れなかったからって、こんな難しいプリントを今日中に出せなんて言わなくても。いくら藤真君が五限サボって屋上で寝てたからって、あたしのこれが終わるまでちゃんと見てろなんて罰下さなくても。
てゆーか職員会議で先生見ててやれないわーはははっとか言うなら明日にすりゃあいいじゃんか、バカバカバカ!
こちとら藤真君とは何の接点もねーからやたらこえーんだよハゲ!!!
うそごめん、先生はハゲじゃないよね。


「なぁ、聞く気ねぇんだ?」

ハッ‥

「あ、ごごご、ごめ、ごめんっ」
「聞く気あんのかないのか知らないけど」
できたら早く終わらせてくれっかなと藤真君、ため息が私の心をビクつかせます。
「‥ごめん」
「謝る前にやって」

恐い、ちくそー‥。

甘いマスクの藤真健司、ともすれば某少年アイドル事務所並。
頭が良かったりスポーツができたり、きっと彼を慕う女の子は多い。バスケ部で部長とか監督とかやっちゃって、さぞモテモテでしょう。コートでは他の部員に埋もれて背が低く見られがちかもしれないけど、実際はそんなに低くなくて、きっとそのギャップに他校の女の子はガッツリよね。
私も今日、ある意味ギャップにガッツリ。

藤真健司君はミツヤサイダーではなくて炭酸水でした。
お水にガスが入っただけの、ただの炭酸水でした。
甘い甘い美味しいサイダー飲料だと思ったそれは、無味無臭の炭酸水。
間違えた、ガッツリじゃなくてガッカリでガックリ。





「で、できた」
「ん」
最後の問題を解き終わり、少しだけニヤけて藤真君に渡す。おぉ、こんな弛んだ顔見られたらまた何か嫌な顔されるに決まってる。そう思ったけど、藤真君はあたしの顔なんか見ずにさっさとプリントに目を通してた。

机についた肘から伸びた、程よく筋肉づいた腕。長い睫毛が卑猥ねあなった〜‥六本木心中並みの長い睫毛。何となくアンバランスな組み合わせも、藤真君だから似合うのかもね。

「はい」
「えっ」
「終わり。職員室出してくれば?」
「あ、あぁ、うん」
プリントを返してくれて、そうか、職員室に出してこよう。そんでもってとっとと帰ろう。かけてあったカバンを持って席を立ち上がる頃には、藤真君はもう廊下に出てた。あたしを待ってる気配も無くて、さっさと歩いて行ってしまう。
待ってはくれないのか、藤真健司。
そりゃあ確かにあんたが職員室行く義理はないけど、通り道なんだから途中まで一緒にって心があってもいいんじゃなくて?ご立腹、あたしモッコリご立腹ー!!とは言っても、実際そんなことされたら困るんだけどね。

藤真君、あんたそんな性格で部員はついてくるの?


あーでもないこーでもないって考えながら職員室にプリントを出しに行った。
先生はいない、職員会議って言ってたから。プリントを机に置いて、さっさかと玄関へ向かう。何かなー、みんな勝手だよなーって。脈絡の無い結論付けをして、たちも帰っちゃった一人の帰り道に肩を落とした。



さん」


ん?

あ、


「ふふ、藤真君、」

玄関横の自販機に寄りかかった藤真君、夕日が当たって絵になるボーイ。
スタスタと歩いてあたしの元へ来たかと思えば、何か冷たい、

ジュースだ。

「お疲れ」
「へ?」
「プリントお疲れ。気をつけてな」
ニッコリと微笑む ──‥ことはなかったけど、そう言って背中を向けた。
「あ、ありがとう、迷惑かけましたっ」
言えば振り向かず、ヒラヒラと手を振って返ってくる。それだけでも絵になるじゃないか。

ギャップってのはさぁ、普通二段階なもんじゃないの?
悪い ⇒ 良い、とか、良い ⇒ 悪い、とか。
そんな感じでギャップとか感じるんじゃなかったですか?

良い ⇒ 悪い ⇒ やや良い

三段階なんて存在するんですか?ちょっと卑怯なんじゃないですか、藤真健司君。
別に落とされたわけじゃないけどね、落とされたわけじゃないけどね、あれだね、そう、あんたなら部員もついてくわよね。
来年の部長さん大変ね、みっちり指導してやんないさいよ!

ガス入りウォーター、ただの炭酸水。
レモンくらい、つけてあげよう。

 

 


びっくりするよね、間違えて飲むと。
05/04/22  ×