| 其れはよく似た情意な故 |
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深夜のファミリーレストラン。目の前の男に、は言った。 「オレがお前みたいなん、相手にするわけねーだろ」 男の名前は、江夏。目黒川高校野球部員である。 「デッドボールじゃねェの?」 あいつならしかねねェよ、柴田と名乗った男はの隣に腰を下ろす。 「確かに」 顔見知りの淡口も反対側に座った。冬の終わりとは思えぬ麗らかなホワイトデー。 「デッドボール如きじゃあたしの怒りは治まんない」 それよりあんたたち、何で試合出ないの?言いづらいことを平気で言ってのける。 グロガワ野球部全体じゃ、出れる一年なんぞ限られてる。ちなみに、今グラウンドにいる一年は江夏と河埜。 「……つーかお前趣味悪ィ」 「鼻毛出てんぜ?アイツ」 「いや見えないから」 アイツ、バッターボックスの男。の学校の野球部エースと呼ばれる男。 遡ること一ヶ月前のバレンタインデー。 放課後のエースに恋をした少女は、恥じらってチョコを渡した。 爽やか少年と評判宜しかった彼は思わぬ口調で彼女に言う。 『オレがお前みたいなん、相手にするわけねーだろ』 確かに、人気者のエースには目を瞠るほど可愛い子が似合うんでしょうよ。はっきり言っちゃあなんだけど千年の恋もいっぺんに冷めます。恋が冷めるってゆーか、悔しくて悔しくて悔しくてしょーがない。 失恋記念で友だちとカラオケに行ったクソみたいなバレンタイン。 途中乱入してきたのは淡口という中学時代の顔馴染みだった。知らぬ間に酔っ払った女は深夜のファミレスにその男を連れ込んで(他は逃げたらしい)延々くどくどと愚痴を零していたという。そんな中、知った顔を見つけた淡口は天の助けとばかりにその男を強制捕獲。面倒臭そうな顔でキレ気味のその男は江夏だった。 「わき腹にストレート、500円」 「んじゃ、顔面直球に500円」 かかかっと笑いを零した二人をげんなりとは見る。そして呟いた、何で江夏があたしの仇とるのよ。そう言われればそうだ、確かに一晩深夜ファミレスで過ごした仲だが。それは大した仲だというわけではない。寧ろ見知らぬ女の愚痴を零され、いい迷惑だったはず。 「あいつァ機嫌ワリーときゃ何にでもあたるからな」 「グランド来てから機嫌ワリーワリー」 大方、夕べ麻雀負けでもしたんだろ、その程度の怒りだと淡口は言った。付け足すように柴田、デッドボールでイチャモンつけられたら、速攻キレんぞ。しかもちゃんのことも持ち出すかもしんねーよ、笑って言うそれはまるで他人事、いや、実際他人事。 もし乱闘にでもなったらあたしがグランド降りてやる、彼女の中にそんな考えが巻き起こったことなど、二人は知らない。あの男の機嫌の良し悪しに、己の想いが引っ張り出されるのは不快極まりない。 しかし、最終回を迎えても江夏の球は乱れることがなかった。しかも『アイツ』の場合は、目を瞠るほどの速球で全てが真っ向ストレート。試合は11対0という大差だけを残し、目黒川高校の圧勝で幕を閉じた。 賭けにも何にもなんねーじゃねーかと柴田は舌打ちしながら呟く。お前あそこでデッドボールでもしとけよ、隣に地ベタる淡口も言った。知らねェよ、電車待ちをしながら江夏は二人を一瞥。は一人だけ空いたベンチに腰掛けて話を聞いている。チラと三人以外の初接触な男に視線を向けながら。 「なあ、河埜」 河埜と呼ばれた初接触の男は、ただ黙々と拾った新聞に目を通していた。 「聞けよテメー」 それでも河埜はひたすらに無視らしい。 「江夏よー、ちゃんの仇取ってやれよなー」 「もガッカリしてんし。なあ?」 「はっ?してないし。てゆかそもそも敵討頼んでないし」 「お前デッドボールしろっつったじゃん」 「デッドボールじゃ怒り治まんないっつったの」 あんたたち二人でバカみたいに騒いでただけじゃん、ああ、また身も蓋もないことを。でも確かにその通りだ、淡口は苦笑いで視線を逸らす。 タイミングよく駅内アナウンスが響いた。急行電車が駅を通過していく。 「しっかしあれお前の学校のエースってマジ?」 「今日一球も打ってねェんじゃね?」 「あんなんがエースなら、オレ監督なれんぜ?」 「全部三振っつーのはビビるっしょ」 「補欠クンなんじゃねーの?」 「あんたらね、いくらなんでもバカにしすぎ」 「つかバカじゃん」 「だからー、」 「アレを好きだったっつーお前もバカ」 「は?意味わかんない。バカにバカって言われたくない」 「あァ?」 男はいつだって、口げんかで女に勝てない、勝てる確率はかなり低い。そんな二人に苦笑い、柴田は河埜を見た。河埜は何か言いたそうにしていて、何とも珍しいこと。何だよ、柴田が促せば河埜は言う、確かにカッコ悪ぃな、それだけ。 「だろ?ホラみろ、河埜だって言ってんじゃねーか」 「かっこ悪いって言ったんでしょ。バカなんて言ってないじゃん」 「兎に角ダセェ、全打席三振ヤローなんつーのは。恥だな、ありゃ」 淡口に何か反論を、しようとしたが、言葉が頭の中に少しだけ引っかかる。 『恥だな、ありゃ』 黙りこくったの視線の先には江夏。江夏はその視線には気づかず、欠伸を一つかました。チラッと河埜を見れば、河埜は新聞の先にその瞳とかち合い、再度口にする。 「カッコ悪ぃ」 そして低くつけ加える、デッドボールで顔が腫れるよりな、 ピクッと江夏の肩が動いた。 あぁ、ちょっと待ってよ。 打席に立ったあのバッターは、一度もボールに触れることなく試合を終えた。掠めることさえできず、全四打席三振で試合を終えた。彼に投げられた球は12球だけ、格の違いどころの話じゃなかったらしい。 デッドボールで受ける痛みよりも、そのカッコ悪さは近かったのかもしれない。 彼女の受けた、胸の痛みに。 ちょうど一ヶ月前、2月14日、聖バレンタインデー。 「江夏、お前何食ってんの。それのだぜ?」 「あ?知らねェよ。ここにあったら食うだろ」 「普通人様のチョコ食うかよ。しかもバレンタイン」 「わかってねェだろ、あの酔っ払いには」 「まあフラレチョコだからもういらねーだろーけど」 問題ないとばかりに、江夏は歪なチョコをもう一口。 「お前チョコ好きそーに見えねー」 「好きじゃねーよ」 「だったら何で食ってんだよ」 「小腹減った」 「ここファミレス」 「てめェが払うか?オレの分」 「……ホワイトデー、に何か返せよ」 彼女が化粧室に立った時にそんな会話が交わされていたことを覚えているのは、きっとチョコを食べた男だけなんでしょう。
そんな江夏、そんなグロガワ野球部、曖昧模糊曖昧模糊。
04/03/14 × |