典型的なフェアリー神話

 

 

「僕が変なことを言うって、そう思ってるんだろ?」
彼はしかめっ面で言った。しかめっ面だけど、普段と何も変わらない顔で。





「君に話したいことがあるんだ」
ある日、アルテミスはに向かってそう言った。ファウル家のゆったりしたソファで寛ぎながら、は首を傾げる。
「何を?」
今日はお日様が暖かい。昨日、夜遅くまで起きていたから眠くて眠くてしょうがない。色んな相乗効果で、うとうとしていたとこだった。
「わかり易い説明の仕方を考えてる最中なんだが、」
「アーティにも難しいことってあんのねー」
「いや、君は思いのほか物分りが悪いから」
二度手間を省くためだと平気で失礼なことを言ってのける。だけどそんな失礼な口調はいつものことで、それを当たり前だと思ってるのだからしょうがない。注意したところでこの男が、いや、少年が、己を改めようとするはずがない。

少年、そう、アルテミスは13歳の少年である。
そしても、同じく13歳の少女だ。

「難しいことを聞く以上に疲れることってないよね。眠くなる」
「なら、君はいつも難しいことを聞いてるんだな」
「あら。お褒めに預かり光栄です」
「皮肉を言ったんだよ」
「わかってるよ」
どんどん体がソファに沈んでいくのを感じながら、は目を閉じる。この際、アーティは無視して眠ってしまえと、そんなことを思ったのだろう。しかしアルテミスはその様子をジッと見つめ、

「………何なのさー‥」

は視線を感じて、目を開ける以外なかった。

「話したいことがあるって言ったろ?」
「そうだけど、難しい話は嫌」
「だから簡単に、簡潔に話そうとしてるんだ」
「うーん」
もう、何なんですか、ミスター・ファウル。は体を伸ばしながらアルテミスに目を向ける。
「はい、どうぞ」
「これから僕が君に話すことは全部本当のことなんだ」
「はーい」
「聞いてる途中で、頭がおかしいと思われるかもしれない」
「はーい」
「聞いてるのか?」
「はーい。聞いてます」
知ってると思うがと、小さく息をつき、アルテミスは目線を下げた。

「僕の家は、伝統的な犯罪一家でね」

それは、も耳にしてる。だからアルテミスに会いにこの家に来るのを止められるのだ。しかし自分の友達は自分で決めるのだと、は頑として聞き入れない。実際、そんな犯罪に加担するわけでも、脅されてるわけでもないのだから。
そもそもアルテミスと仲良くなったのは、彼が自分を助けてくれたからで。アルテミスは、車に轢かれそうになったを助けた。(実質助けたのはバトラーだ)命の恩人と仲良くしてどこが悪いのだと、いつもは思っているのだ。


「うん?」
それで?とその先を促す。
アルテミスが自分の家の話をするのは珍しい。母親とは面識があった。しかしそれも一度だけで、二・三言交わしただけ。父親については、一度も聞いたことはない。
「僕はそんな家族の一員なんだ」
「うん」
「それで、その、」
「アーティも犯罪を犯してる、とか?」
まさかね、そう付け加え、は笑う。しかしアルテミスの表情はいつもと変わらない。

「え、そ、その、」
「そのまさかさ」
「………え、ど、どんな?人は、」
「人を殺すとか、そーいう犯罪じゃない」
「強盗?」
「ちょっと違うな」
「ちょっと!?」
「誘拐さ」
平然と言う少年を、は口をあんぐり開けて見た。誘拐?アーティが?と。他の人には聞かれてはいけないとでも言うように声を潜める。
「問題は、あー‥、君に話したいことはそこじゃないんだ。それよりももっと、」
「もっと凄いことしたのっ?誘拐よりも?」
「もっと重要なことだと言おうとしたんだ」
「あ、そ、そう」
「いいか?これは本当の話だ」
「は、はいはい」
「君が嘘だと思っても、僕は君に話しておきたい」
「う、うん、……で?」
ドキドキする喉元を押さえつけて。

「僕が誘拐したのは、………妖精なんだ」

アルテミスはの顔を見る。こんな話を信じてくれるはずはないだろうと、そう思って話していた。だけど知っていてもらいたかったのだ。

は眉を顰めもしなければ、考える素振りも見せない。

つまり、間の抜けた顔。


「僕が変なことを言うって、そう思ってるんだろ?」
表情を歪めたのは、話を切り出したアルテミスの方だった。
「え?」
「ポカンとしたその頭の中に、最初に出るのはそんな疑問じゃないか?」
「は?やー‥、よ、妖精、ね」
「ほら、おかしいと思ってる」
でも僕は後悔しないぞと、言ってを見据えた。いつの間にかアルテミスは立ち上がっていたので、どうも偉そうに見える。まぁ、その態度は大していつもと変わらないのだが。
「お、思ってない」
「思ってるだろう?」
「思ってないったら。そ、それより、」
どうしてあたしにそんな話をしようとしたのか、その方が気になる。そう言った途端、アルテミスは顔を赤らめた。
そんな彼の反応に、は怪訝な顔をし、何?と。

「そ、そうだな。先にその説明をすべきだった」
コホン、と一度だけ咳払い。
「い、いや、これは先に言うべきことではなかったな、あぁ、そうだ。うん、そうだ」
自分の中に湧く疑問のようなものに自答しているらしい。

「アーティ?」
「あ、あぁ。そう、それがだ、その、………、」
「ん?」
「もしかしたら、こちらの話が本題になるのではと、今思った」
「だから何?」
「ぼ、僕が、君と長く付き合ってくためには、隠し事をしたくなかったんだ」
「うん」
「……うん?」
「うん?」
「き、聞いてたのか?」
「は?」
「今の言葉をちゃんと聞いていたのか?」
君と長く付き合ってくためには、そう言ったんだぞ、と。さっきの赤らんだ顔は何処へ。また、しかめっ面に戻ってしまっている。
「聞いてたよ。わかってます。友だちには隠し事したくない、でしょ?」
「友達?」
「ん?」
まるで何かを言うように。あぁ、これはいつものアーティの癖だ。何で僕の言う意味を理解しないんだと。口ではなく、彷徨う手が語ってる。
そしてその後のセリフは決まっていて、『君は本当に物分りが悪いな』。そのセリフが出てしまったら、彼が説明することを諦めた合図。


今回もそのセリフが、


「もっと簡単に説明するとだな、」


あれ?

違う。

いつものセリフじゃ、


「友だちとガールフレンドは、違うってことだ」


え?


「え?」
「えって、君はまだ理解でき、………っ、」


あれ。

何?


顔を上げたアルテミスは、を見て笑みを零した。


何笑ってるの?何が面白いの?
あたしの顔に、何かついてる?


「僕の言葉はすんなり、耳に入ったみたいだ」
含み笑って言うその声は、の器官を刺激する。
「な、何、が?」
「ははっ、面白い。さすが、僕が惹かれただけはある」
頭では理解できてないのに、顔には出てしまうんだな、と。アルテミスは笑った。
はそっと手を当てる。自分では分らないほどに、真っ赤になったその頬に。

「妖精より、こっちの方が驚いたなんてな」
「あっ、う、だ、だって、妖精は、」
しどろもどろな言葉を口に。
「あたし、み、見たことあるもの、……よ、妖精、なんて、」
「何?」
「いくら、姿が日本人だからって、……、昔から、住んでる場所はここ、だし……」


ここはアイルランド。
妖精たちの祖国、アイルランド。
地球上で最も神秘的だと謳われる地。


「君は、」
「バ、バカだと、思ってるんでしょ、でも、でも、」
「いや」
そうじゃない、と言葉を遮った。そして面白そうな表情でに言う。

最高だ、と。



次にあの妖精たちに会ったら。いや、もし会うことがあったとしたなら。間違いなく、彼女が僕の隣に立っているんだろうと。
自分の都合のいい考えに目を細め、アルテミスは笑った。

 

 


児童書、アルテミスファウル・史上最年少最悪の犯罪者。
03/09/08  ×