| ネクストバレンタイン |
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バレンタインとかって気持ち込めるじゃない。いつも作らない手作りのお菓子とか作ってさ。溶かして冷やして固め直すただのチョコでいいはずなのに、何だか気合入れてケーキとか作っちゃったりするのよ。 結局かかった時間はべらぼうに長くて、だから、マジぶっ殺す、あのハゲ。 さっきから会話はない。本来2月14日に送るチョコレートの箱を持ったまま、は口を噤んで正座していた。 本日は2月16日、もうすぐ17日になる。 14日に渡すはずだったチョコケーキ。放課後、赤星が部活してる間に家に帰って作った。部活終わったらメールするって言ってたのを信じて待ってて、結局作り終えたケーキを冷蔵庫にしまってこたつで寝た。 15日、あんな箱学校に持ってくわけにも行かないから家に置いたまま。文句のひとつでも言ってやろうと思ったら、その日に限って野球部は公欠とかなんとか調子ノッて何なの。そーいえばそんなこと言われた気もするけど覚えてません。 16日、もう渡すもんかと思って学校に持ってかなかった。学校で会って開口一番赤星は言った、チョコは?おいテメーふざけたことヌかしてんなとは公の場では言えなかった。だから一発殴って一日中勢いよく無視。 そしたら家に来た、ハゲが。 「さん」 それオレのでしょ、悪びれる様子すらなく腕の中の箱を指差す。は箱と赤星の顔を交互に見ながら緩く首を振った。 「いえ、14日に彼氏に渡すはずだった物です」 「だからオレんじゃん」 「14日だと言ってるでしょう」 「まだ怒ってんの?」 「あげるもんあげれなくて17日になろうとしてんだから怒るでしょ!」 「だから貰いに来たじゃん、オレ」 「あげるって言ってない」 攻防戦は果てしなく続く。赤星がなんと言えども、は怒りを納める気はないらしい。というか、溜まった怒りを吐き出してると言った方が正しい。 ガタガタと、部屋の前から音が聞こえた。家族が何かしら聞こうとしてる様子が手に取るように丸わかりだ。 やめてちょうだいお母さん、お父さんはそこにいるの?そりゃまぁ、高校生の娘の部屋に彼氏がいたら気になるわよね。しかもこんな時間だし、あぁ、終電あるのか赤星奨志。が時計を見ると、やはりもうすぐ17日に日付が変わるだろう時間のまま。いや、さっきより10分は進んでるだろうか、長い攻防戦だ。 「もう帰れば?」 「はぁ?」 「終電とかなくなったらヤバイんじゃん?」 「いや二駅なら歩きで余裕」 「走れよ野球部」 「ノルマこなしてっから時間外は筋肉休めるんス」 「あぁそう。でももう帰って」 お前鬼か、ボソッと呟かれた言葉に光よりも早く反応。ギッと睨みつけるの視線が、赤星の真っ向に突き刺さる。だが赤星も負けない、彼の性格上、彼女に翻弄はされたくないらしい。 「チョコ頂いたら帰ります」 「チョコはないです。もう帰ってください」 「抱えてる物は‥」 「だからこれは彼氏にあげるはずだったチョコなのであげられません」 「お前ね、」 いい加減折れてそれよこせよ、直球勝負で言えば睨みが増した。 「偉そう!偉そうハゲボシ!」 「偉そうじゃなくて偉ェんだよ!」 「いーやー!何であんた怒んの?意味プー!」 「意味プーじゃねェだろ。早くそれよこせ」 伸ばされた手を当たり前のように叩き落とし、規制を上げる。赤星は何が気に入らないとばかりにに近づき詰め寄った。唇の届きそうな距離、しかし彼の手の内はもうすでに頭の中に入ってる。雪崩れ込んで流しちゃえば万事オッケーだろうというその考えが気に入らない。 「あたしの唇はバレンタインに消えましたっ」 「あ?」 「どこぞの誰かにチョコをあげようと思った日に消えたの!」 「意味わかんねーこと言ってんな」 「わかりまくり。あんたこそ謝んなさいよ」 「謝っただろーが。また一日伸びちまうぞ」 その一言に時計を見れば確かにもうすぐ17日。 うっと息を詰まらせて、悲しげな表情で箱を抱えて俯き加減。そこまで悲しそうな表情をされると、赤星も伸びた手を引っ込めた。 ボリボリと頭を掻いて、バツの悪そうな顔でチラッとを見る。 「悪かったって」 「バレンタインにあげたかった」 「あー‥、はい。んじゃ、ホラ、来年」 「来年まで付き合ってるって保証がどこにあんの‥」 小さく零れたそれは本音だ。は俯いたまま唇を尖らせ、赤星を見ようとはしない。不安であることを初めて口にした、そんな感じ。 「来年は『今年のバレンタインに渡すはずだったチョコ』の分も」 よこせよ、言って目線を下げて覗き込む。恐らく頼りないほどに涙が溜まってるその目を、軽く瞬かせる。 「‥なに?」 「来年も付き合ってる予定なんで」 そー思ってんのはオレだけみてーだけど、意地悪な顔がそこにあった。 「冷たいなー、」 意地悪な優しさに即対応なんてできない。 来年も一緒にいるというあなたに、 来年もチョコをよこせというあなたに、 返す答えはどうしたらいいだろう。 「‥じゃあ」 「んー?」 「これは、いらない‥」 「『バレンタインに渡すはずだったけど16日に変更になったチョコ』だろ」 「……いるの?」 「いるよ」 愛の告白めいた言葉なんて、この狭い家の中で言えるわけがない。ドアの向こうで聞いてる家族がいるかもしれないし。 だから、 「あんた欲張りすぎ」 簡単なセリフと一緒に、小さな唇をくれてやった。
ドア板一枚隔てた世界の話。
05/02/18 × |