| 消ゆ来たれるのは何か |
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『化野』と書かれた茶封筒だった。 「先生」 「んー?」 「お手紙ですよ」 多分先生宛てですとが言えば、多分?化野は手にしていた医学書らしき巻物から目を上げる。 「お前、庭から入るなって言ってるだろ」 「縁側に先生が見えたから。それに声は掛けました」 手元の手紙と思わし茶封筒をひらひらと振った。 は村の文屋の娘で、たまに来る文を化野に届ける。 この村に文を遣わす者など多くない。文屋は専業ではなく、の家が趣味で始めたことだ。本業漁師の父親は、今では滅多にないその仕事をに任せきり。いい加減にしてよと言えば、嫌なら早く嫁にいけと言う始末。 「茶封筒に二文字だけですけど」 化野なんて先生しかいませんしね。人差し指と中指で茶封筒を挟み、ピッと化野に向けた。化野はご苦労さんと呟いてからその封筒を手に取る。 「患者さんや薬師さんからの時は押印してるけど、それないですよね」 個人的な手紙なら差出人の名も書いてそうなものだと思った。化野が封筒の口を開けるのを見、反応を伺う。誰からの手紙とか詮索するつもりはないが、少々気になった。 「………あぁ‥」 あぁ、というのは「なんだ、」ということだろう。だとすると、差出人は化野の知り合いということになる。 お知り合いでしたかとが言えば、化野は手紙を読みながら笑った。こいつなら化野だけでも届くよなと言葉を漏らして。 誰なのか、気になった。 「お友だちですか?」 気になるのなら聞くべきだ。ずっと気になりっぱなしは体に良くない、と思う。 「友だち?」 手紙から目を離した化野は怪訝な声を上げ、を見た。そして封筒とを交互に見比べる。 「言えなくもない」 そんなことギンコに言えば、あいつは嫌そうに笑うだろうよと肩を竦めた。 ギンコ、それが化野に手紙を遣した人間の名前。 は自分でも気づかぬうちにその名前を反芻し、記憶に留める。 男なのか女なのかわからない名だ。女性ですかと聞くのは少々気が引け、恋人ですかと尋ねることにした。 「は?」 「いえ、だから、」 「恋人?何だ?ギンコがか?」 至極嫌そうなその顔と、男だぞと返された言葉に、安堵した理由は何なのだろうと首を傾げたが、まぁそれは後でいい。嫌そうな顔のまま、手紙に目を走らせる。そうするとまた先ほどのように口角が上がり笑みを見せた。 相手は恋人ではない。 男であり、きっと化野の親しい人物なのだ。 もしかすると恋人などという存在よりも彼にとって大事なものなのだろう。 「さて、」 手紙を封筒にしまい腰を上げた。もつられるように一歩前へ。 「、今から暇か?」 「は?」 「手伝ってくれ。力仕事だけどな」 「あぁ、構いませんよ」 「蔵の中から頼まれモンを出しとく」 茶封筒をひらひらと揺るい、手を離す。 風で舞ったと思ったその茶封筒は次の瞬間には消えていた。 「えっ」 「あー‥、面倒だな」 「あの、手紙、」 は、どうした。あの茶封筒は今の今どこへ消えたのだろう。 「早ければ今夜中に取りに来るらしいから」 「えっ、ギンコさんですか?」 覚えたての名を口にした。と同時に、手紙の行方が気にならなくなった、不思議と。 「あぁ、ギンコだ」 「へぇ」 私もギンコさんに会わせてもらえますか、が言えば化野は口を開ける。 「妙な興味持つなよ」 「会ってみたいんですよ」 「おかしな匂いでも嗅ぎ取ったか」 「犬みたいに言わないで下さい」 笑いながら、裏の蔵まで化野の隣を歩きながら。 どんな存在だか知らないけど、化野に楽しそうな顔をさせるその男に、会ってみたいと思った。
蟲師初挑戦ですが。しかも化野先生ですが。
04/06/22 × |