獲物に溺れた哀れな男

 

 

オレの生業は賞金稼ぎ。シュライヤ・バスクード、名前もそこそこ売れてる。
別の名を海賊処刑人、それなら聞いたことあるんじゃねェか?
腕には自信がある。仕留め損ねた獲物はいない。
それでも上手くいかない場合ってのも存在するもんだ。
どんな場合かって?

そりゃ、


何なのあんたはさっきから、やたらと絡んでくる男を怪訝な顔して見るのは。淡い紫の上着を羽織い翻しながらその男を追い払う。
「つれねェ‥」
「うるさいわね」

シュライヤ・バスクード。
上手くいかない場合ってのは、狩りに溺れてしまった時。

長年海賊専門の賞金稼ぎを生業としてきたが、女に苦労したことはなかった。いや、苦労というか、女自体必要とする機会が少なかっただけで、年も年だから抱きてェ時はそれなりに見繕ったりした。その中にはやべぇとこまで想いを合わせたヤツが居なかったわけじゃねェ。
だけど最後に恋愛感情を持ったのはいつだったか、考えあぐねけばそれは遥か古代程昔のような錯覚すらある。今惚れた女がいるからそんな錯覚がある、ってのはその理由にならないか?

「いい加減落ちねェか?」
バーの一角で男が女を落とそうと、どこにでもあるような光景。は店先でシュライヤと遭遇し、面倒臭い顔で対応してた。シュライヤはと言えば、ここ数日言い寄ってた女が目の前に来たもんだから、好都合とばかりに一緒に飲もうとお誘いしたわけだ。

はこの町に暫く停泊していた海賊船の船員で、その海賊船に元海軍の賞金首がいたという話を聞いてこっそり乗り込んだシュライヤ。
こっそり乗り込んだはいいが上手そうな飯の香りにつられて入った先、キッチンでこれまたこっそりと酒を飲んでいたと遭遇したのだ。大声を出そうとするを船から連れ出し、ことの経緯を。

『あぁ、それあたしよ多分』

元海軍の通信士だと笑いを落とした。人を殺めたことはないが、海賊に情報を売ったことでお尋ね者になったらしい。そんな大げさな額でもなければ、大きく知られてるわけでもない。だからあたしを捕まえようとするやつなんていなかったのに何なのあんた?の口から出るのはそこらの女とは違う、やはり海賊バリの雑言。ざっくばらんな彼女の性格に興味を覚えたのはその夜。
次に会ったのは港の市場で、まだいるのかと言えばあんたもねと返された。あの晩キッチンにいた彼女を思い出し、飯作れねェかと聞けば首を傾げる。キッチンがあれば簡単なものはつくれるけど、と、正直腹が減ってた。だけど彼女と話してみたいというあの夜の興味を引きずったものはあった。
市場の店で野菜を買って、その店の台所を使わせてもらって。の作った飯はなるほど確かに簡単なもの。しかし不味くはなく、素朴な味付けのそれは庶民派男の口に合う。美味いじゃねェかと言えば、正直に嬉しそうに返った微笑み。
その日、そんな笑みに惹かれた。

そんな経緯で彼女を落とすことに、今情熱を傾けてる最中。
だがはシュライヤにうんと頷くことはなく、毎回言う。

『狩る側と狩られる側なんて上手くいきっこないわ』

上手くいったとして、あたしはもうすぐここを発つし、そう言ってシュライヤの言葉を一掃するのである。だからって引き下がるわけにはいかねェんだと、シュライヤも食らいつくが。

「なぁ、
「シュライヤ、ちょっと言いたいことがあるんだけど」
「説教なら聞き飽きた」
「あたしがいつあんたに説教したのよ」
「賞金稼ぎのくせに海賊に惚れてどーすんのとか」
「それは説教じゃなくて思ったことを言っただけよ」
まったく、本当にあんたと話すこと自体面倒だわ。いつものような彼女の棘のある言葉。そんな言葉にも大分慣れ、別にいいかと思う。声が聞けるだけで十分かもしれないと思う辺り、本当にヤベェかもしれない。
「で、言いたいことなんだけど」
「そろそろオレに惚れたって?」
また嫌な顔するのを見越して言った。そんな顔も嫌いじゃないからいい。しかしその顔は微妙に歪みを見せただけで肩を竦める。
「そうかも」
「……アァッ?」
「冗談よ」
「……おい」
「あぁ、まぁ、ね、もうちょっと経ったら」
あんたが頭の隅に留まるかもしれないわ、今まで聞かなかった、可能性を示す言葉。
「本気か?」
「……だけど、明日発つの」

叶わないわけじゃない。

想いを繋げる方法ならいくらでもある。
彼女の船に乗り込むか、彼女を掻っ攫ってくるか。
だけどオレには海へ出た理由があって、彼女にも彼女なりの、海賊になった経緯があって。それがどうでもいいものではないから。事情がある人間ってものを、どうこうできるような境遇にない。いくら惚れて惚れて惚れ抜いたとしてもだ。

「次はどこへ行くって?」
「うちの航海士に聞いて」
「……クソッ、」
「一晩だけ、相手になろうか?」
お別れだしさという彼女にグラスを握る手が強張る。本気で言ってんのかと零せば、小さなそれに冗談雑じりに笑った。ウソだよ、冗談、ごめんね、三言に分けて呟く。
その言葉でわかった。気持ちってのが自分に伝わった気がした。同時、己の気持ちも相手に伝わってるんだと思えた。彼女が少しでもオレのことを思っててくれるから言ったことで。本気だとわかってるからそれを冗談だと言う。


「なに?」
「オレ、叶わない恋っつーの経験ねェんだ」
「それはご愁傷様」
「少しでもオレに惚れてたかよ」
「さぁ。あんたよりうちの船長の方がオトコマエね」
「……そいつに惚れてんの?」
「もう五十超えた爺様よ」
「茶化すな」

少し黙ったはガタンと席を立つ。
彼女のマルガリータは少し残ったままで存在を主張する。シュライヤの後ろをすり抜ける瞬間、ポンと頭をひと撫でした。彼女はそのままバーの扉を開けて外へ出る。扉を開いた時に店内に入った風は、己の心に入ってきたようだった。
その冷たい風に呼応するように席を立ち、シュライヤは店を出る。彼女の残した甘い香りを追った。


待てと言って待つ相手じゃないことはわかってる。見つけた先の彼女に言うが、やはり足は止まらないまま。

腕を掴めば返ってくる視線はいつもと変わらない。熱っぽくもなく冷めているわけじゃなく。
「ダメね」
「あ?」
「話しすぎたみたい」
「何だよ」
これ以上話してられないから戻るの、は言ってシュライヤの髪を引いた。顔が重なるくらいの距離で瞳を覗けば、互いに大人だ。重なるのは唇で、それを拒むことも無い。

「……、」
「惚れそう。だけど、惚れたくない」
「……………」
「あんただってそう思ってる、心の奥じゃ」
「いや、」
「わかる。あたしがそうだから。あんただってそうでしょ」

やけに穏やかな彼女の表情に引き込まれるような気がした。
もう一度、唇を重ねる。

、お前に惚れてる、オレは‥」
「あたしもあんたも、今から抜け出せない」
「わかってる」
「だからお別れしなきゃなんないの」
「わかんねェ‥」
「ガキ」
「うるせェ」
うるせェと掻き抱いた。惚れた女の体温は高く、抱き心地は最高だった。こんな感触やあのキスは未練になる。叶わない恋の未練となるだろうことは想像できるのに離せない。
「ついて来いよ」
「だったらあんたがあたしについて来て」
「………」
「会えるかしらね」
「………あ?」
「また、会える?」
あんたがガスパーデに復讐を果たして、あたしの思いが叶ったら、また会えるかしらね、彼女は今までに見せたことの無い笑みで言った。
「そしたら?」
「今とは変わるわ」
「変わるか?」
「今から抜け出した未来だから」

会えたら変わるわと、穏やかに。

「その時は一晩とは言わないから」
「…………」
「あんたがあたしを誘ってね。女からなんて嫌よ」
口づけは柔らかく温かく、それでいて官能的で。だから会えるまであたしを想っていなさいよと、そんな風に囁かれた気がした。





笑うか、獲物に惚れた哀れな男を。
笑うか、狩りに溺れた哀れな男を。

男を哀れだと笑えるのは、彼女と彼自身だけ。

その時に重ね合った指先がほんの刹那だけだとしても、
重ねた想いは、次に会うまでの長い時間なのだから。

彼方ゴール地点、偶然彼女が停泊していたとしても。
それでも二人を、笑えるだろうか。

 

 


運命ならばまた出会いは訪れる。
05/04/10  ×