不自然な少年の経緯

 

 

数年間人を信じず、裏切り、オレは生きていた。確かにその数年の間にゃ、ある程度仲間意識の芽生えたヤツもいたけどよ。とりあえず、端っから信用なんざしてなかったんだ。自分以外の人間ってヤツをさ。
そしてオレはあるヤマを境に、信頼できる人間を見つけた。
たった一人の妹、アデル。あと、じいさん。
笑えるかもしれねェが、無償の愛ってやつだぜ?

そしてもう一人、


!」
「あぁー!シュライヤ!どいてっ!」
「うおっ、……ッ、おま、」

自転車ごと突っ込んできたこの女だ。

「〜〜〜〜ッッ、いったー‥」
「………大丈夫か?」
「う、うん。って、シュライヤ!あんたこそ平気なのっ?」
急いで立ち上がり、自分の服をパンパンと叩く。そしてオレに向かって手を差し出した。
「あ、あァ‥」
差し出された小さなその手を借りようと、
「……あー‥」
「ん?」
「顔、泥ついてるぜ?」
「げっ」
その言葉で手は引っ込み、頬についた泥を拭う。
小さな手を借りて起き上がることはしなかった。それを仕向けたのはオレ。

「配達か?」
「え?あ、あァ、そうなの。帰り帰りっ。丘の上の教会に行った帰りでね」
の家はこの村一番の花屋。店舗はお世辞にも大きいとは言えないが、何が一番かって。その花の器量だ。もちろん、看板娘の笑顔も一番ときてる。
「結婚式のブーケ、届けてきたのよ」
「そうか」
「うん」

気まずい空気が漂う。その空気のわけは大した理由じゃねェ。
ただ、こいつがオレのモンになったってだけの話。

いろんな女を見てきたし、扱った。だけどそれは感情の無い頃のオレの、ただの性欲処理ってだけで。こんな落ち着いた暮らしの中で、想いが膨らんだのは初めてのことだ。一つずつ、段階を踏んで人を思うなんて、本当初めてのことで。
こんなこと言うのもなんだが、想いを通わせた今となっちゃァ、結構逃げ腰だ。
一週間前のオレだったら、お前の手を取って立ち上がった。いや、お前に手を貸したのはオレだっただろ?顔の泥を拭ってやったのも、オレの手だったはずだ。こんな気まずい空気にもならなかっただろうし、
ちょっと待てよ。何でこんなに臆病になってんだ、オレァ。


色とりどりの花咲く家の前。
こちらの姿を見止めたように、女主人が笑う。の母親だ。

「シュライヤ、」
じゃあねと、きっと彼女は言おうとしたんだろう。
「話がある」
なんて思わず言った自分の声が些か小さくて。やっぱ、どっかビビってんだと、一瞬自己嫌悪。
「え、は、話?」
「あー、や、大した話じゃねェんだが‥」
「あー、うん。大丈夫。わかった、待ってて」
足早に自転車を転がし、お母ちゃーん、と声を上げて。カラカラ音を立てる自転車を見つめた。母親と何か話したは、自転車を止めてこっちへ走ってくる。
その向こう、母親が小さくオレに会釈した。





来た道を逆戻り。鐘の鳴る丘の上まで歩いてきた。
ここに来るまでの間、交わした会話は数えるほど。
不自然にも程がある。

「シュライヤ」

一人でひっくり返りそうなほど考えて、

「シュライヤ?」

呼ぶ声にすら気づかなかった。

「シュライヤってば!」
バシッと腰を押し叩く彼女の手で、ようやく気づいたというとこか。
「っっっ、‥あ、あ?」
「あ、じゃないよ。話って何?」
「あー、そ、そうか」
「そうだよ」

あぁ、ホラ。また不自然だっていうんだ。こーいう間が。
そもそも、オレがお前に話があると時間をもらうことが不自然だ。

どーしたの?彼女が小首を傾げて言えば、オレの口から出た言葉は、

「悪ィ」



その後の展開を気にする余裕もなく、口を出た言葉だ。
誰が予想する。特に、今の臆病風に吹かれたオレが予想できる事態じゃなかった。
あとになって冷静に考えれば、確かにおかしいとわかる。だけどその時はただ言葉に出ちまっただけだから、お前が涙目になる予想なんかしてなかった。

「え、あ、‥?」
「………、やっぱり……」
「あ?な、ちょ、」
「そーだと、思っ……」
俯き、それでも涙を堪える愛しい女が目の前に。こりゃ、逃げ腰になってるオレでも逃げるわけにはいかねェ事態。
、そーって何が?」
「ま、まだ、一週間も、……経ってないのに、あたしのこと‥いらなく……」
「………は?」
「でも、でも‥、あた、あたしは……」
涙目もそうだが、その言葉も予想外の事態だ。

ちょっと待ってくれ。

、」
「まだ、シュライヤのこと、……好きなのに‥」



オレらしくねェ。あぁ、まず、オレらしいってどんなんだよ。
とにかくオレらしくねェんだよ。きっと、耳まで赤いはずだ。



「………シュラ……、」

わかるだろ。オレがお前をいらないなんて思ってねェってことが。
今のオレの顔見りゃ一発だ。うわー、情けねェ。

「シュライヤ?」
「誰が、いらねェって?」
「え、だって‥」
「そんなこと言うつもりはねーぞ?」
「あ、うん。わかった」

わかちゃってるよ。(オレの真っ赤な顔の所為だよ)

「でも、何で、」
「あァ?」
「こ、こんなとこに話があるとか言って連れてこられてさ、」
「あー‥」
「な、何の話よ」

悪ィ、の後、あー‥、何だっけな。

「簡潔に」
「うん?」
「こーいう関係ってのが、初めてだから」
「……っ、へ?」
「扱い方がわからねェ」
「は、じめて‥、って」
「最近オレが不自然なのは自分が一番わかってんだ」
「不自然?」
「お前にまで不自然な態度で、悪ィなって‥」
それを言いたくてと、バツが悪そうに顔を歪め、首に手のひらを当てる。
「それだけ?」
「あ?それだけってお前、」
「んな、何それ!そんだけのためにあたしここまで歩いてくるのにどれだけ死にそうになったか!」
「は?死にそう?」
「心臓バクバクして絶対口から出ると思ったもん!」
‥」
バカじゃねーかって顔をしたシュライヤに、の怒号は止まない。
「そもそもね、不自然って何?そんなこと思わなかったよ!」
「いや、どう考えても、」
「いつものシュライヤじゃない!家まで送ってくれて、優しいいつものシュライヤじゃん!」
「は?」
「何が不自然かわかんないよ。シュライヤが隣にいるのは自然だったもん」
妙に引き腰になってた自分を叱咤したい気分だった。考えすぎていた自分に肩の力を抜けと、言ってやりたい気分だった。不自然だと思ってた自分は自然だったのか。あー、違うな、こいつの言いたいことはそーじゃねーんだろう。
確かに不自然かもしれないが、こいつにしたらそーでもなかったって話か。
根本変わらなきゃ、それでいーんだと、思った。
こいつの言葉はそーゆーこと言ってるんだと、納得して、思わず笑った。





「な、なァ」
「ん?」
帰り道、不自然ながらも自然に手を繋いで。
「今日、オレん家来るとか‥」
苦笑いで言ったオレに、は一言だけ。
「その誘い方は不自然だけどね」

前途はまだまだ多難らしい。

 

 


やっぱりヘタレな彼が好き。
03/10/13  ×