アスプリズマスタン

 

 

不思議な粉のお話。仲間の一人が、面白半分でその粉を買った。砂の詰まった小瓶。ラベルの文字は【プリズムスタン】。怪しい感じは否めない。ただ、綺麗なことは確かだ、クルー全員が認めた。
幸せかそうでないか、心の奥底が見えるのだと、そう、粉を売った老婆が言ったのだという。この粉を一振りして、あなたは幸せであるか否か、幸せなら幸せだと、そうでないならそうではないと。本音を思わず口に出す、ただそれだけ、子どものおもちゃみたいなものだと。

白ひげ海賊団、幸せだと答えたものは未だ一人もいない。



「だから、聞かねェな、お前はよ!」
「いいじゃない!減るもんじゃなし、みんなひっかぶってんだから!」
「何でオレがそんな怪しげな粉っ、」
「エースっ!」
残りの粉はあと僅か。小瓶を持ったから逃げるエースの姿が、ここ最近多く目撃される。
「エース、そろそろ諦めてかぶってやれよ」
「ただの子ども騙しだから心配すんなよ」
心配するほどの副作用がないことは、エースも確認済み。粉を振り掛けられたクルーたちに、何らおかしな兆候は見られないから。目の前、自分に粉をかけようとしている少女もその一人だ。ただ幸せかそうでないかを答えただけで、次の瞬間はいつも通り。
こぞって 『幸せではない』 と答える。特に不幸だと感じていないような連中もそう答える。みんながみんなそう答えるものだから、不良品のレッテルもついた。しかし、どうしてもはエースに粉をかけてみたいらしい。
、お前なァ、」
「だって、逃げてるエース面白いんだもん」
「言ってんのも今のうちだぞ」
「別に?構わないけど?かぶってくれんならキスでもしようか?」
ニッコリ笑いながら、慣れた態度。あァ、オレの性格掴んでやがる、エースは思って口を歪める。

キスしてくれんならかぶってやらねェことも─‥

それが先ほど喉元まで出かけた言葉。先に言われて思わず飲み込んだ。いつものオレなら、言われようが何だろうが、キスは頂きたいところ。だが今は事情が事情。あいつの手で転がされるのはまっぴらゴメンだ。

「覚えてろよ」
「覚えてるよ。だからいい加減観念してよ」
「そんなにオレに不幸だって言わせたいのか?」
「幸せって答えるかもよ?」
「バカ言え。そりゃ不良品だろ。不幸としか、」
「どーかなー?かぶってみりゃいいんじゃん。体験しなきゃわからないよー?」
「どっちにしろ、ゴメンだ」
軽々船首へ身を置いたエースに、は卑怯だと、言えばエースは笑って返す、これるもんなら来てみろ。

知ってるはずだった。知ってるはずだったのに、忘れていたのは理不尽な追いかけっこの所為か。が易々挑発に乗ってしまうタイプだと、エースは知っているはずだった。


「こんの、」
「え、」
「あ、おい、」
!」
「何やってんだ、お前らっ」

右足は船の手すりへ、体は外へ乗り出す。
大層危ない状況だと、他の乗組員は慌てた。

が、その危ない状況に拍車をかけたのは、急な横揺れ、


「おわあっ!」

足を滑らせたは小瓶を抱えたまま海へ、



海へ、





「エ、エース」
「バカか。お前‥」

落ちずに、その手を掴まれる。呆れた顔をし、ため息をついた男に。



甲板へ上げられたに、エースは一喝。バカな真似してんじゃねェと。たはは、で悪いとは思っているらしく、遠巻きに見てたクルーを含め、エースに向かってごめんなさい。ちょっと調子に乗りすぎましたと謝罪した。
「エースもエースだ」
「そうよ?がバカなことわかってるはずでしょ?」
「え、姉さん、バカって何!」
「バカでしょう?」
「…………う、」
周りのクルーは二人が悪いと、どちらか一方ではなく、二人とも悪いという方向で話をつけてる。エースが悪いんだ、エースが大人しく粉をかぶってれば、はそこまで言い、今の状況に目を瞬かせた。

今、自分の目の前にいる男は?

「エース」
「あ?」
「うりゃっ」
「ぶっ‥」
粉は空中に溶けるようにエースの顔へ。
太陽の光と融合し、キラキラ輝くその粉は、やはり綺麗だ。
「ぐ、テメ、」
「エース!」
「っ、」
「幸せですか〜♪」
幸せじゃねェよ!そう、答えようと、自分の意思で。もしもかけられたりしたら、粉の作用なんざ関係なく自分で言ってやる。そんなもしもの場合を考えていた彼は、口を閉ざす。
どうよどうよと、目の前の少女は楽しそうに笑っていた。自分に粉をかけたと、ただそれだけのことで、なぜこんなにも嬉しそうに笑えるのかと。

言葉が口をつく、


「幸せです。………っ、て、あァッ?」


本人予期せぬ答えだったらしい。


「幸せ?」
「あァ?幸せ?」
「幸せっつったぞ、コイツ!」
「マジかよ!エースだけじゃねェか、幸せっつたのは!」
「待て!違ェ、オレが言いたかったのは、」
もみくちゃにされるエースはバツが悪そうに顔を顰める。で、そんなエースに幸せなんだと微笑みかけ、底が見える程度になくなってしまった不思議な粉を、太陽にかざして目を細めた。





その粉の性質、『今この瞬間 』あなたが幸せであるかを問う粉 。
つまり、振りかけられたその時の気分で粉の効力は変わるらしい。粉を振りかけられて、一瞬不快になる人間もいれば、彼のように、何らかの理由で不快が吹っ飛ぶ人間もいる。

彼女が幸せそうに笑うことが、彼の幸せの条件であると、
男が気づくのには、そうそう時間はかからない。

 

 


なんだこれは。
03/11/26  ×